ポカポカ陽気
「お山作る〜」
「おっきいの作ろうね」
「うん!」
砂場に座ったむくと汰絽が小さくて可愛いスコップとバケツを使って、遊び始めるのを風太は眺めていた。
柔らかな日差しの中で、ふわふわした髪が風に揺れる。
穏やかな休日がとても心地よかった。
「風太さん、カゴの中のタンブラーにコーヒー入ってるので、もしよかったら、飲んでください」
「おう、ありがと」
汰絽が祖母からもらったかごバックの中から、タンブラーを取り出してコーヒーを飲む。
ほんのりと香る甘い匂いにかごの中を覗くと、クッキーが入っている。
それはむくのおやつなのか可愛らしい動物の形をかたどっていた。
「好きだ」
誰にも聞こえないくらい、風にさらわれるくらいの声で呟く。
砂場で遊んでいる汰絽が風太が眺めているのを見て、微笑んだ。
その笑みが、好きだと、汰絽のことを好きになるきっかけだったのではないかと思う。
「春野」
「…東条、お前なんでこんなところにいるんだよ」
「別に買い物に出たらたまたまむくの声が聞こえたから、来てみればお前らがいたんだよ」
「お前買い物とかすんの」
「そこのスーパーで。今日親いねえから」
何事もなかったかのように隣に腰を下ろしてきた東条壱琉に苦笑いしながら風太はコーヒーを一口飲む。
風太用のタンブラーにはブラックコーヒー、おそらく汰絽のものには砂糖とミルクの入った優しい味のコーヒーが入っているのだろう。
「秋にしちゃぁ、あったけーよな」
「そうだな。たろが洗濯物がよく乾くーって笑ってたわ」
「主婦かよ」
そう言って笑う東条の視線の先には小さなむくがいる。
むくは朗らかに笑いながら、砂で遊んでいた。
「こども好きなんだ、お前」
「いや。むくだけ別」
「うっわ変態臭」
思いっきり嫌そうな顔をした風太に東条はカラカラと笑う。
その声で東条がいることに気づいたむくが顔を上げて、思いっきり笑顔を見せた。
「いちるだ」
大きな声で東条を呼んでかけてきたむくに、汰絽は少しだけ嫌そうな顔をしてからその嬉しそうな姿に苦笑いする。
風太は寄ってきたむくを見ながら、汰絽の元へ行く。
砂の付いた手を払いながら汰絽は風太に笑いかけてきた。
「ふふ、ちょっと憎たらしいですけど、むくが嬉しそうで嬉しいです」
「すげー笑顔」
「ですね」
東条に抱き上げてもらったむくは満面の笑顔を浮かべていた。
その表情は今まで見たことのない表情で、汰絽は寂しさを感じる。
「なんだか、寂しいです」
「ん?」
「むくがどっかに行っちゃうんじゃないかって」
「お前のむくはどこにもいかないよ」
優しい声がそう囁いて、頭を撫でた。
自分よりも低い位置のふわふわな頭が嬉しそうにゆらゆら揺れる。
「たぁちゃんっ、いちるとお泊まりしたいっ」
「…えっ」
「俺の家に泊めんのはさすがにおかしいから、お前らが良かったら泊めさせてくれね?」
「たぁちゃんお願いっ」
「えっ、風太さん、」
風太をみれば、どうしようか考えている様子で、汰絽は頭を抱えそうだった。
泊まりに来られても困ることはないけれど、少しだけ嫌だという気持ちがある。
さっき風太が言ってたように、やきもちを焼いているようだ。
自分の心の狭さを感じてため息をつく。
「むくがお願いするなら、たぁはいいよ」
そうむくに言うとむくは嬉しそうに壱琉を見上げた。
それから風太を見て、お願い、と手を握る。
「むくにお願いされたら、断れないからな。荷物もってうちに来れば」
「おう。一回家帰ってから行くわ」
「了解」
「むく、すぐ行くから待ってな」
壱琉の足に抱きついたむくがうんと大きな返事をするのを聞いて、汰絽と風太は顔を合わせて笑った。
「あいつすげぇ食うから、夕飯多めにしないとだな」
「じゃあ、お買い物行かないとですね」
「帰りにスーパー寄ってくか」
「はい。むくもお手伝いしてね」
「うんっ」
汰絽と風太と手をつないだむくは跳ねるように歩いている。
その様子が愛おしくて、汰絽は笑みをこぼさずにはいられなかった。
「むく、嬉しい?」
「うれしいっ」
ぴょんと跳ねたむくに、風太が笑った。
その笑い声が優しくてむくはもっと嬉しくなった。
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