手紙
「…ッチ」
手紙を読み終えると風太はその手紙をぎゅっと握りしめた。
握りしめた拳に力がこもるのを見て、汰絽はその拳に手を伸ばしかける。
すぐに圭十のことを思い出して手を引っ込めた。
「このまま返せ」
圭十に握りしめグチャグチャになった渡し、風太は立ち上がる。
マグカップをシンクに置いて、部屋から出て行った。
汰絽はその後ろ姿に思わず息を飲み、立ち上がる。
「今日は帰らせてもらうよ、紅茶美味しかった。ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がる圭十を見送ってから、ちょっと待っててねとむくに絵本を渡してから風太の部屋へ向かう。
ノックをすると小さな返事が聞こえてきて、汰絽は控えめに扉を開けた。
「風太さん、」
「悪いな、情けない姿見せて」
「そんなことない…」
風太はベランダに出て、外を眺めていた。
そっと近づいて風太の手を握る。
冷たくなっている風太の手を自分の温かい手で温まればいいのに。
汰絽はそう思いながら、風太の腕に頭を寄せる。
「ここは寒いから、中に入りましょう」
風太の手を引き、室内に連れ戻す。
小さな足音が聞こえてきて振り返るとむくがそばに寄ってきた。
ぎゅっと風太の足に抱きついて、不安そうな顔を見せる。
「ああ、不安にさせたな。ごめん」
汰絽とむくの頭を撫でてから、風太はふたりに連れられ温かいリビングに戻った。
むくはカーペットの上でゴロゴロ寝転がりながら猫のぬいぐるみを抱きしめテレビを眺めている。
汰絽と風太はソファーに座り、寄り添っていた。
しんとした部屋の中でテレビの音だけが聞こえて来る。
「…手紙にさ」
ぽつりと呟いた風太の手をそっと握る。
小さく震えているその手に汰絽は少しだけ寂しくなった。
「いや、手紙を送ってきたのが、母親なんだけど、その母親から…」
そう言って口を止めた風太をそっと見る。
悔しそうなその表情に、汰絽は握りしめた手の力を強くした。
「母親から、一緒に住まないかって」
「…一緒に?」
「あいつ、俺がどんなにあいつに親父を裏切るなって言っても聞かなかったくせに、俺を置いて、出て行ったくせに今更…ッ」
ぐっとこらえるような声でそう言った風太にむくが驚いた顔を上げた。
大丈夫だよ、と汰絽が囁くとまたテレビを眺める。
ぎゅっと握り返された手の痛みに、汰絽は悲しくなった。
「圭十に手紙を持ってこさせたのも、圭十があの女の言うことを断れないからだ。胸糞悪いこと、しやがって」
風太の声に、汰絽はなだめるように握りしめた手をそっと撫でることしかできない。
大丈夫だ、とか、気にしないで、とかそんな言葉などかけることは、きっと風太は求めていない。
だから、汰絽はそっと風太のそばにいることを選んだ。
「…悪い」
ふと風太が、我に返ったように謝るの聞いて、汰絽は小さく横に首を振った。
それから緩やかに笑うと、風太も同じように表情を崩した。
「とにかく、圭十も俺の意図をあの女にそのまま伝えるはずだから、気にすることねえな」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
その呟きが、汰絽には寂しそうに聞こえた。
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