いってきます
修学旅行は三泊四日で、少し早めに学校に行かなければいけない。
いつもよりもうんと早起きした汰絽は、眠たくてぐずるむくを起こしてリビングに来た。
むくをカーペットに寝かせてブランケットをかけて暖房をつける。
その後、汰絽はむくの髪をそっと撫でた。
一緒に暮らしてから四日間も離れるのは初めてで、すごく不安な気持ちが汰絽の中でもやもやと大きくなりつつある。
そんな気持ちを晴らすように、いつもより少し豪華な朝食を作ろうと思って早起きをした。
「むくごめんね、でも一緒にお見送りしてね」
そう囁いてむくの額にキスをする。
よしっと気合いを入れて、汰絽はキッチンへ立った。
セットした目覚ましが音を立てる予感がして、風太は目を覚ました。
携帯のアラームを切ってからうんと伸び、ベッドから降りる。
大きな欠伸を漏らしながら部屋のドアを開けると、コーヒーの香りがした。
それからおいしそうな香りがして、風太ははっとする。
リビングへ入ると、ちょうど汰絽が朝食をテーブルに並べ終えたところだった。
「たろ…、起きてくれたのか。こんなに、俺より早く…」
「おいしいごはん食べてってもらいたいから」
そう言って小さく笑った汰絽にぎゅうと心臓が締め付けられる。
風太は無言で汰絽に近づいて、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
柔らかな髪に頬を押し当て、汰絽の香りを吸い込む。
おずおずと背中に回ってきた腕すらも愛おしくて、風太はため息をついた。
「ありがとう。…すげぇ、嬉しい」
「…どういたしまして。向うで美味しいごはん食べて帰ってきたくない、なんて思わせたくないですから」
照れ隠しの言葉に笑いながらも汰絽の髪に口付けをする。
それから離れたくないという気持ちの中、そっと身体を離して汰絽を見た。
汰絽は少し頬を赤らめてふにゃっと笑う。
「俺のお嫁さんはよくできたお嫁さんだな」
好きで好きでたまらない気持ちは、幸せのため息になるのかとしみじみ感じる。
ぱちぱちと瞬きをする汰絽に小さく笑いながら、風太は柔らかな唇にキスをした。
「…ん、ん…、ふうたさ、ご飯食べなきゃ、」
「ん、そうだな。むく、俺が起こしてもいいか」
「はい、」
もう一度軽くキスを交わしてから、ふたりは離れた。
汰絽は席につき、風太はむくを起こしにカーペットに近づく。
むく、と小さく声をかけると、むくは少しぐずるように座り込んだ。
それから風太を見て、ふにゃふにゃと笑う。
「ふーただー」
「おう。むく、朝早くからごめんな。ごはんだぞ」
「ごはん?」
「おう。おいで」
むくを抱っこしてからテーブルに戻り、子ども用の椅子に座らせる。
何度か目を掻いたむくは意識がはっきりとしてきたのか、おはようございます、と挨拶をしてくれた。
それに返事をして、三人は今度は食事の挨拶をした。
こんがりと焼けたパン屋さんで買った美味しい食パンに、ハム付きのとろとろな卵焼きが乗っている。
手作りのかぼちゃのスープとぱりっと焼かれたソーセージ、それから手作りの玉ねぎのドレッシングがかかった葉の物のサラダ。
どれも手が込んでいて、心が温まるような気持ちにさせられる。
「たろ、ありがとう。うわー、離れがたいな」
「はな?」
「んー。修学旅行行きたくないってこと」
「むくもいく!」
「むくはたぁと一緒にお留守番」
「えー」
むすっとしたむくに風太は軽く笑った。
それから、食器を運ぶ。
汰絽とむくもその後に食器を運んだ。
むくにリビングの方で絵本を読んでもらっている時、ふたりは食器を洗う。
トン、とぶつかってみたりして、くすくすと笑いあう。
「夜、電話するからすぐに寝ちゃうなよ」
「はい。…風太さんも電話忘れないでくださいね」
そう言って小さく笑いあってから、食器洗いを終えた。
じゃあ、着替えてくる、と部屋に行った風太に汰絽は少しだけ寂しくなる。
それからむくを抱っこしてさみしいねえーと呟いた。
「たぁちゃんふうたどこかいくの」
「風太さんね、旅行に行くんだよ」
「りょこー?」
「うん。だからちょっと会えなくなるからね、さみしいね」
「うん。帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
着替え終わった風太が鞄を持ってできてたのを見て、汰絽はむくを抱っこしたままお見送りに行く。
制服のネクタイが少し曲がっているように見えて、むくに降りてもらった。
「ふうたさん、ネクタイ」
「お、曲がってた?」
「直しますよ」
そう言って、ネクタイを直してからトンと寄りかかる。
風太が汰絽、と名前を呼ぶのが聞こえてきて、汰絽は泣きそうになった。
本当は、もし帰ってこなかったらどうしようって怖くなってるんだ、と気付いて、風太にぎゅっと抱き付いた。
足元のむくも汰絽のマネをするように風太の足に抱き付く。
「たろ、大丈夫。四日間だけだって。すぐ帰ってくるよ」
「…っん、うん…っ」
「お土産、何がいい? 星の砂? タルト? 魔よけの置物?」
「たると…」
「わかった。いっぱいお土産買ってきてやるよ。むくにもな」
「ん。ふーたぁ…」
汰絽につられてむくも泣き出して、風太は思わず笑ってしまった。
愛されてるな、と小さく呟いてから、汰絽の目元を指先で拭う。
汰絽、と優しく名前を呼び、背中を優しく叩いた。
のろのろと風太から離れた汰絽はすんと鼻をすする。
そんな汰絽にそっとキスをしてから、しゃがみこんでむくをぎゅっと抱きしめた。
「むくも泣くなよー。たくさん良いの買ってきてやるからな」
額を合せて、むくににっと笑うと、むくはぐずぐずな顔でにかっと笑った。
それから、風太の頬にちゅっとキスをしてからうんといい返事をする。
「むく、たろのことたのんだぞ」
「ん!」
ぐっと拳を合せてから風太は立ち上がって、汰絽を見る。
汰絽はきゅっと風太の制服を掴んでから、いってらっしゃいと笑った。
「ああ、行ってきます」
風太が笑いながら出ていったのを見送って扉がしっかりしまってからふたりは部屋に戻った。
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