おかえりなさい
それから、杏と一緒にパンケーキを食べて、他愛もない話をした。
杏の笑みは悲しさを含んだものではなくなっていて、少しだけ安心する。
自分の大好きな人が、悲しい顔をしているのは悲しい。


「あ…、もう2時間も経ってたね。そういえば、風太たちは?」

「風太さんとむくなら、水族館に行きましたよ」

「そうなんだ。汰絽ちゃんも行きたかった?」

「また今度、連れていってもらおうと思ってますので」

「そっか。…ありがとう」

汰絽の柔らかな笑みに杏はほっとした。
それから少しだけ跳ねているふわふわの髪を梳いて笑みを零す。
親友の恋人が優しくて、温かいこの子でよかった。
そんな風に思い、杏は汰絽にもう一度ありがとうと伝えた。



「ただいまー」

「たらいまー!」

玄関から楽しげなただいまの声が聞こえてきて、ちょっと待っててくださいと杏に声をかけてから立ち上がった。
それから玄関に帰ってきたふたりを出迎えに行く。
むくは大きなあざらしの人形を抱っこしていて、汰絽を見るなりはっとした。
抱き付きたいけれど、両手はあざらしでふさがっていて抱き付くことが出来ない。
考えたのか、むくは汰絽を見て体当たりをするように突っ込んできた。


「わっ、むく、おかえりー」

むくを抱きしめてあげると、風太がむくからあざらしを取る。
それからむくは汰絽に抱き上げてもらい、きゃーと嬉しそうに笑った。


「風太さん、お帰りなさい」

笑みを零した汰絽に風太も笑い返す。
ただいま、ともう一度返し、汰絽の髪を撫でた。


「杏、大丈夫か」

「今は、落ち着いてます。あ、パンケーキありますよ」

「パンケーキっ? たぁちゃん!」

「むくのもあるよ。おてて洗ってきてね。あ、風太さん、杏先輩、夕飯食べてってもらってもいいですか」

「ああ。…俺には話さない分、お前と一緒に居れば少しでも解決するだろうからな」

むくを下ろしてからふたりの荷物を受け取る。
それから手を洗ってくるように促してから、リビングに戻った。
杏は窓の外を眺めていて、戻ってきた汰絽を見てから笑みを浮かべる。


「杏先輩、夕飯、食べていきませんか」

「いいの?」

「はい。杏先輩さえよければ」

「うん、食べたいな。お願いします」

嬉しそうに笑った杏にほっとして汰絽は大きくはいっと返事をした。
それから、何が食べたいですか、と聞いてから冷蔵庫を確認して大丈夫です、と笑った。


「あっ! あんずちゃんだー!」

「むくちゃん、お帰り。水族館に行ってきたの?」

「うん! あのね、ふうたがね! あ、あらざし? 買ってくれたの!」

「んーと、アザラシかな」

「あらざし!」

「はは、良かったねー。俺にも見せてくれる?」

リビングのテーブルの上に置かれたアザラシを見て、むくはあざらしを抱っこして杏の隣に戻ってきた。
それから見てから、うん、とアザラシを杏に見せる。
杏はアザラシを受け取って、まじまじと見た。


「わお、かわいいねぇ」

「ね! あんずちゃん、だっこ」

「いいよ。アザラシもってごらん」

杏に言われたむくはアザラシを抱っこしてから、杏に抱っこしてもらう。
よっと声を出しながらむくを抱き上げた。


「あんずちゃん、おめめあかいのー、うさぎさんみたい」

「おめめ、あかいかな」

「ん、あかいのー。悲しいの」

「ううん、もう悲しくないよ。ありがとう、むくちゃん」

杏はそう囁いて、むくの額に自分の額を当てた。
こども体温がとても心地よくて、杏は目頭が熱くなるのを感じた。


「むくー、汰絽と杏にお土産渡したかー」

「あ、まだー!」

杏に下ろしてもらったむくはテーブルの袋の中から、小さな袋を取ってまた杏の元に戻る。


「あんずちゃんも、おみあげ! らっこだよっ、あんずちゃんとよしくんとおそろいなの!」

「そ…、そっか、ありがとう! 大切にするね」

「うん! たぁちゃー!」

杏に手渡してから汰絽の元に行ったむくの後ろ姿を見つめながら、杏は胸が痛んだのを感じた。
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