絶対相談しない
金曜日の夜は、どこかのんびりとした雰囲気に包まれている。
春野家の3人も例外でなく、ソファーに座りのんびりとテレビを見ていた。
アニメを見ながら洗濯物を畳んでいると、テーブルに置いてあった携帯が音を立てる。


「続きやっておく」

風太にそう言われてから汰絽は立ち上がって携帯を開いた。
応答ボタンを押して耳元に当てる。


「…杏、せんぱい?」

珍しい相手に少し緊張しながら、耳元の声を聞こうと耳を澄ます。
躊躇われたように聞こえた、小さな声に少しだけほっとした。


『あ、と…、ごめんねぇ。テレビとか見てたかな』

「のんびりしてたので大丈夫です。…どうか、しましたか?」

『んー…。ううん、ちょこっと汰絽ちゃんの声が聞きたくて』

「…僕なんかの声でよければ」

くすくすと笑うと、杏も笑い返してくれた。
ソファーの方に視線を移すと、風太がちらりと汰絽の方を見る。
風太じゃなくて、自分にかけてきたのはきっとわけがあるのだろう、と思った汰絽は静かに部屋を出た。
自室に入ってから、暖房をつけてベッドに腰を下ろす。


『汰絽ちゃん、風太と付き合えて幸せ?』

「はい、幸せですよ。…時々、怖いけれど」

『怖い?』

「幸せすぎると怖くなりませんか?」

『…なるね。そっか、幸せかぁ』

どこか泣きそうな声に、汰絽は小さく息を詰めた。
隠すのが上手なんだろうな、と思いながら、いつも笑っている杏の顔を思い出す。
きっと、誰よりも人に気を使える人なのだろう。そう思う。


「杏先輩、明日もお仕事ですか?」

『ううん。明日はお休み。明日のお昼にはそっちについてるよー』

「じゃあ、明日のお昼、うちに来ませんか」

『…風太ん家?』

「はい。風太さんにも言っておきますから。…お話ししたいことが、あるんじゃないんですか?」

電話先の杏が息を呑みこむ音を聞いた。
汰絽はゆっくりと杏の返事を待つ。
静かな部屋の中、ゆっくりと目を瞑る。


『うん。…でも、ちょっとふたりっきりで話したい、かな』

「はい、大丈夫ですよ。杏先輩が食べたいの作ってお待ちしておりますよ」

優しい声でそう伝えると、小さな声でありがとう、と聞こえた。
その声に小さく微笑む。


「杏先輩、何食べたいですか」

『甘いのが食べたいかなー。パンケーキ、とか。クリームのったやつ』

「パンケーキ、僕もちょうど食べたかったんです」

『ほんと? んー、やったね。俺、美味しい紅茶買ってくね』

「はいっ」

『ん…。ありがとう、汰絽ちゃん。じゃあ、明日、楽しみにしてる』

挨拶を交わしてから通話を切る。
最初に電話を出た時の声のトーンよりも少し上がったことに安心した。
部屋を出てリビングへ向かいながら、汰絽は明日のメニューを考え始める。
リビングに戻ると、風太に手招きをされた。
ソファーに腰をおろし、首を傾げると、誰、と尋ねられた。


「杏先輩です」

「杏? なんだって?」

「えっと…、」

「…言えないようなら、いいよ。…どうせあいつのことだから落ち込んでたりするんだろ。そう言った時は俺には絶対相談しないからな」

どこか拗ねたように早口になった風太に思わず笑う。
よくわかってるんだな、と思いながら、汰絽はむくの頭を撫でた。
むくはアニメに夢中で、テレビの中の男の子を一生懸命眺めている。


「あの、明日…。お昼頃、むくとお出かけしてくれませんか」

「ああ、分かったよ。…むくー、明日俺とお出かけしよう」

「おでかけ? どこどこ?」

「んーどこ行きたい?」

「むくねぇ、お魚みたい!!」

「お魚? じゃあ水族館行くかー。土産、買ってくる」

むくの目をそっと覆った風太に、ちゅっとキスを貰う。
その後にポンポンと頭を撫でられて、汰絽は幸せそうにふんわりと笑みを零した。
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