幸せな朝
朝目が覚めると、肌寒さに身体が震えた。
カーテンを開けると薄暗く、秋も深くなったなぁ、と思う。
まだ目が覚めていないむくの頬撫で、額に口づけるとむくがふにゃふにゃと寝言を言った。
朝食の準備をするために、むくを起こさないようにそっと部屋を出る。
廊下は寒く腕をさすりながらキッチンへ向かう途中、コーヒーのいい香りがしてきた。
ダイニングのドアを開けると、鼻歌が聞こえてくる。
どこかで聞いたことのあるメロディーは低い声にゆらゆらとゆれ心地よい。
ドアの外から覗いていると、鼻歌が止まった。
ガチャンと音が聞こえ、コーヒーの香りが強くなる。
お揃いのマグカップの中にコーヒーが注がれたようだ。
鼻歌はまた再会され、さっきの続きのメロディーから始める。
コーヒーを注ぎ終えた風太は、シンクに寄りかかり、コーヒーを啜った。
「ん…、おはよう。いつからそこに居たんだ」
「…おはよう、ございます。コーヒー入れるちょっと前から…」
「声かければよかったのに、…こっち来いよ」
こくりと頷いて近寄ると、風太は汰絽のマグカップを手に取りコーヒーを入れる。
ミルクと砂糖を入れて、かき混ぜてから手渡された。
手渡されたマグカップから甘い香りと少し苦い香りがする。
「緊張してるのか? 指先が震えてる」
マグカップを持つ手の上から、手が重ねられる。
大きな手のひらの温かさにトクトクと心臓が早くなっていくのを感じた。
恋と言う気持ちから来る胸の高まりと、落ち着くような心地よさにゆらゆらと揺れるような感覚になる。
風太の顔をそっと見上げると、あまりにも優しい顔で、たまらなくなった。
「風太さんの手、あったかい」
「コーヒー入れる前にシャワー浴びた」
「ボディーソープのにおい、します」
「だろ。…たろの手もあったかい」
「起きたばかり、だからかな…」
俯いた耳元に聞こえる優しい声色が心地よい。
気付いてから些細な仕草や声が、好きだと思うようになった。
きゅっと唇を閉じて、ゆっくりと瞬きをすると風太の手が離れていく。
それから汰絽の頬に触れて、蜂蜜色の髪を一房指先に掬う。
手のひらの上のふわふわな髪に口付けられ、汰絽はマグカップを持つ手に少し力を入れた。
「たろ、真っ赤だな」
「うー…」
「はは、可愛い」
髪を手放されて一息つくと、風太が笑う。
その笑い声にむっとしながら風太をもう一度見上げると、風太は今度は意地悪く口角を上げた。
むっと唇を尖らせると、尖らせた唇に柔らかな感触を感じる。
軽くチュッと触れ、すぐに離れていったその感触に唇を指先で撫でた。
「…もっと早くに伝えればよかった。こんなに可愛いもんなー」
いつになく笑う風太に汰絽もほだされて小さく笑う。
ポンポンと頭を撫でられ、なおさら頬が緩んだ。
「心臓が、止まっちゃいそうです…」
「簡単に止めるなよ」
「止まったら風太さん、犯人です…」
とん、と人差し指で風太の心臓を指さす。
それから風太の胸に額を寄せた。
「朝ごはん、作ります…」
「おう。手伝おうか」
「お願いします、美味しいの作りましょうね」
汰絽の言葉に風太はそうだな、と笑った。
少し明るくなった空が薄カーテンから見える。
「たろ、幸せだなー」
風太のゆるく、本当に幸せそうな声に、きゅっと胸が締め付けられた。
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