体温
ホワイトラビットを抜けると決めた土曜がやってきた。
寂しくないといったら嘘になる。
汰絽に行った通り、少し感じていた寂しさは大きくなったような気がした。
むくが起こしにくる8時よりもうんとはやい、今はまだ5時だ。


「…あー、くっそ。こんな思いになるなんて思ってもいなかったな」

ぼそりと呟いて、頭を掻きながらベッドから降りて、キッチンへ向かった。
冷蔵庫にミネラルウォーターを取りに行くと、ダイニングテーブルに突っ伏している汰絽がいる。
眠ってはいないのか、時折トントン、とテーブルを指先で叩いていた。


「たろ、おはよう」

そばによって声をかけると、のそりと起き上がる。
汰絽はこくりと頷いてから小さく挨拶をした。


「…お前、顔色悪いぞ?」

真っ青な顔色の汰絽をじっと見つめると、顔を背けられた。
それから小さな声で大丈夫、と聞こえる。
大丈夫そうに見えないその姿に、不安がよぎり、汰絽に額に手を伸ばした。
一瞬汰絽がビクリと肩を揺らしたのには、気付かなかったふりをした。


「熱はないな」

「…寝不足なだけだと思います…。眠れなくてあったかいものでもものとここにきて、そのまま寝ちゃったみたいです。…起きたのは、多分、4時頃かな…」

「…どうした?」

「少し、考え事をしてて、」

汰絽は大丈夫です、と微笑んで、風太の額に触れていた手を柔らかく離した。
それからぎゅっと握って、こてんと風太の胸に頭を寄せる。
いつもよりひんやりとしたその手が、どこかに消えてしまいそうで風太は汰絽を抱きしめた。


「ちょっと、補給させて」

「…っ、へっ?」

「たろ分補給」

かあっと身体の中の熱が沸き上がってくる。
頬はきっと真っ赤に染まっているだろう。
どうしたらいいかわからなくなった空いている手は宙をさまよって、それからごめんなさいと呟きながら風太の背中に回された。
風太の熱が心地よい。

好き
気持ちがぽとりとこぼれそうになって、汰絽は口をつぐんだ。
今だけは、と風太の熱に浮かされ、目を瞑る。
腰もとで組まれた腕の逞しさや、硬い肩口。
あたたかな吐息。
全部をひとり占めできたような気持ちが心地よい。


「ありがとう。やっぱずっと居たところから離れるのはさみしいな。会わないわけじゃないんだけどさ。これからも黒猫には行くけど、それでも寂しいもんは寂しいわ」

風太の苦笑にそっと身体を離す。
どんな顔をしているのだろう、と見上げると、風太は少しだけ寂しそうな顔をして笑っていた。
その笑みがどこかすっきりとしたような気がして、汰絽はほっとする。


「…もう寝れそうにない。付き合ってくれるか」

こくりと頷いて、コーヒー、入れますね、と風太に笑いかけた。
汰絽の笑みに、ゆるゆると寂しさが和らいでいくような気がした。
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