あふれ出した
いつも通り、玄関の自販機で風太を待つ。
隣には好野が居て、不安そうに一度汰絽を見た。
俯いた汰絽は深呼吸をして、それから顔を上げる。


「…大丈夫か」

「大丈夫。でも苦しいよ。息がし辛いの」

そう言って浅く呼吸する汰絽は、緊張しているのか指先が震えていた。
好野はポンポンと肩を叩いて、笑いかける。
好野の笑みに少し安心させられるような気がした。


「よっしくーん!!」

杏の少し高揚したような声が聞こえて、ふたりは特進理系科の棟につながる廊下の方を向いた。
ぴょんぴょんと走ってくる杏の後ろを、風太がゆっくりと歩いてくる。
風太を見たら、心臓がドキリと大きく動いた。
まるで自分のものじゃないみたいなその鼓動に、汰絽は手を後ろに組んだ。
爪を立てるように強く握ると、落ち着くような気がするから。


「帰るか」

低い声がざわざわとした廊下の中で、澄んで聞こえた。
好野の大丈夫、という顔も、杏の驚いたような表情も、まったく目に入らない。
周りの音がしんとして、意識全部が風太に奪われたような気がした。


「…っ」

一瞬身体が冷えて、徐々に熱を上げていくような気がして、最後に頬が熱くなる。
握っていた手を離して、顔を覆った。


「…っ、っく」

遠くで好野の汰絽、と呼ぶ声が聞こえてきて、熱くなった頬につっと雫が伝い目じりを熱くするのを感じる。

やっぱり、好きだ。
気付いたら駄目だとか、家族だからとか、そんなのを抜きにして、この人が好きなんだ。
堰き止められず、決壊したダムのように気持ちが指先から中心に打ち寄せてくる。
身体の中が、好き、という気持ちでいっぱいになって溺れるみたいだ。


「汰絽っ」

風太の困惑したような声が聞こえてきた。
好野の声も聞こえたけれど、もう風太の声しか聞こえない。
顔を覆った片手を大きな手で掴まれて、軽く抱きしめられる。
嗚咽が零れだして、やっぱり泣き虫になっちゃったな、とか思った。


「あー、ここじゃあれだから、外出ような」

昨日聞いた怒ったような声とはかけ離れた、とても優しい声。
掴まれた手が熱く感じて、汰絽はこくりと頷いた。

玄関を出ると、秋の涼しい風が頬を撫でる。
ひりひりと痛む目じりも気にならないくらい、掴まれている手の熱さを感じた。
校門も抜け、学校の目の前にある公園に入って、ベンチに座らされる。
隣に座った風太は、汰絽を覗き込んで、小さく苦笑した。


「どうしたー、急に泣いて…。目元真っ赤だ」

「…っ、」

「言えない?」

頷いた汰絽に風太はそうか、とだけ答えて前を向いた。
風太が隣にいる右側の腕が熱くなるような気がする。
鼻をすすりながら、ぎゅっと締め付けられた心を開放するように息を吐き出した。
雨が上がったばかりの外はすごく寒かった。
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