はつこい
「よし君は、恋したことあるの」

「俺はないよ。いいなって思うくらいで」

「僕は、いいなって思ったこともない」

「だろうな。お前と話す子あんまいなかったもんな」

むっとした汰絽は最後の一切れの卵焼きを食べる。
泣いたせいか、珍しく声を荒げたせいか、喉が少し痛い。
それから、目じりもなんだかひりひりする。
ずっと鼻をすすりながら、お茶を飲んだ。


「…恋って、こんなに苦いんだね。甘酸っぱくてさくらんぼみたいな味がするのかと思ってた」

「味?」

「本に書いてあった」

「そっか」

お弁当を片づけながら、話す。
汰絽は落ち着いてきたのか、何回か息を深く吸い込む。
泣いた後の、あの身体中に酸素がいきわたるような感覚を感じた。


「…でも、そんな思いしたんじゃない? 気付いてなかっただけで」

好野に言われて、思い出したのは体育祭。
風太が駆け抜けていった100メートル走のレーン。
きらきらと輝いていた。
甘くて、それでいて酸味のあるような想いを感じたような気もした。
それに、初めてふたりで出かけた時の海も、黒猫も、一緒に見た怖い映画も。
どれも、きゅんとするような気持ちにさせられる思い出。
思い出してきゅっと手を握る。


「駄目だ駄目だって、思っていたら…。汰絽が可愛そうじゃんか」

好野の小さな呟きに、汰絽は顔を上げた。
悲しそうな顔をした好野は、汰絽の手をまたぎゅって握る。
中学生の時は、同じ大きさだったのに、いつの間にか汰絽よりも大きくなった手のひら。
汰絽はまたなんだか泣きたくなった。


「僕、泣き虫になった。風太さんと会ってから。ボロボロって涙が零れるの。それも、この気持ちの所為なのかな」

「…それは、俺には何とも言えないけれど。でも、そうかもな。汰絽が風太さんの前で泣いてもいいって思ったんだから」

「認めたら、楽になるのかな」

「…楽になるし、もっと苦しくなるかもしれない。恋ってそういうものだと思うから」

そういうものだからと言って笑った好野は、一瞬汰絽の手をぎゅっと握りすぐに離す。
チャイムが鳴ったのを聞いて、好野が机を戻した。
帰りは大丈夫か、と最後に聞かれて、少し考えてから一回頷く。

窓の外は、茶色く染まった桜の木が並んでいる。
あのあたたかな春のピンク色を思い出して、目を閉じた。


「まだ、認めるのは、苦しいよ」

小さく呟いて、桜の下で笑う風太の姿を思い浮かべた。
まるで、こうなることが決まっていたみたいに、気持ちが風太の元へ飛んでいく。
そんなイメージが頭の中で、浮かび、頬が熱くなる。

好きだって認めるのがこんなに怖いことだなんて、汰絽は知らなかった。


「汰絽、悪いことにはならない。俺は、そう思うよ」

「…ありがとう。よし君」

前を向いた好野の言葉に、汰絽は頷いてから教科書を取り出した。
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