自覚したもの
気付いたら雨が降り始めていた。
最近は寒くなってきて、いきなり雨が降るのも当たり前になり始めている。
窓の外を眺めていると、4時間目を終了するチャイムが鳴った。

薄暗くなった空を眺めていると、好野に肩を叩かれた。
振り返って好野の手をぎゅっと握り、汰絽は俯く。
あの気持ちに気付いてしまって、これからお昼を一緒に食べるのに、こんなにも高まってしまった気持ちをどうしたらいいのだろか。
さっきから、心臓が早まっているのを感じている。


「気付いちゃった。…気付いたら、駄目だったんだ」

「汰絽?」

「僕…」

その先は言葉に出せない。
突然、気付いてしまったのだ。
男同士なのに、家族になったのに、むくだっているのに。
ごちゃ混ぜになった気持ちが、汰絽の胸をぎゅっと締め付ける。


「僕、なんてことを…」

好野の手を握った手にぎゅっと力を入れる。
まるで締め付けられている胸のように。

あの時、玄関の中で息が止まりそうになった時からずっと…。
じわじわとこの気持ちは、汰絽の心を満潮になって消える砂浜のように埋め尽くしていたのだ。
触れる手も、背中に感じた熱も、吐息も、気持ちを加速していくものだったのだ。

そう思ったら、涙が零れ始めた。


「気付きたくなかったよ…、気付きたくなかった!」

「汰絽?」

「家族に…、なれたのに。こんな気持ち、気付きたくなかった…!」

汰絽の表情は初めて見る切ない思いでいっぱいになっている。
見ている方もぎゅっと心臓を締め付けられる思いになるような、きゅっとか細い声。
好野は汰絽の手を握りなおして、額を合せる。


「今日はお昼、ふたりで食べよう」

そう囁いて、好野は携帯を開いた。
登録していた杏の名前を呼び出して、メールをする。
汰絽に座るように促して、頭を撫でた。
机に突っ伏したのを見て、好野はぐっと拳を握る。
杏からのメールをはすぐに帰ってきて、汰絽にそのことを伝えた。



「落ち着いた?」

「…うん」

絞り出したように呟いてから、汰絽はハンカチで目元を拭く。
それからぎゅっと指を絡ませて祈るように握る。
自分の中で大きく動いた感情に取り残されているみたいに見えた。


「…こんな気持ちに気付いたら、一緒にいれない」

「どうして?」

「だって、家族は、普通は家族にこんな気持ちを向けないもの…」

「でも家族の一番最初は、その気持ちで出来るんだよ。汰絽の父さんと母さん。姉ちゃんと義兄さんと同じように」

「…もう家族だもん」

またうるうるとし始めた汰絽の瞳に、好野はあーあー、と言いながらハンカチで目元に当てる。
汰絽はかたくなに自分の気持ちを認めないように、理由を見つけようとしていた。
好野には、汰絽の姿がそんな風に見える。
弁当、食べながら話そうと、汰絽の弁当と自分の弁当を広げた。


「…食べたくない」

「それはだーめ。ごはんは食べような」

「…よし君の意地悪」

「意地悪でも何でもいいから、ごはんは食べる!」

箸を持たせて、食べるように促すと、汰絽はゆっくりと弁当を食べ始める。
時々箸を止めて、ため息をついて、うっうっと嗚咽を漏らす。
泣き虫は治らないんだな、と妙に感心しながら、好野は汰絽を眺めた。


「むくちゃんのこととか世間体を考えれば。汰絽の気持ちはきっとよくないってみなされる」

「…ん、ヒック」

「でもさぁ。俺は、いいと思うよ。だってさ、汰絽の初恋だろ?」

「…はつ、こい」

ポトリと落ちた言葉。
甘酸っぱい味がしそうなその言葉に、汰絽は涙を止めた。
それからまた俯いて、お弁当を食べる。
ちゃんと朝味見した時は美味しかったのに、今は味がしない。
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