好きな人
「よし君」

「ん?」

10分休みの時。
汰絽は久々に呼び出されていなくて、好野の前に座っていた。
少し悩んだような声にどうした、と問いかけると、汰絽は困ったように眉を下げる。


「特別な人って、どうして特別になるの。キスをしたら特別な人になるの」

「…特別ぅ? どうした急に」

「えっと、話すと長くなるかもしれないし、言いたくないです」

汰絽の下がった眉はさらに下がっていきそうで、今度は好野が困ったように眉を下げた。
悩んでいる汰絽を見るのは久しぶりで、まだむくがふにゃふにゃ言ってた時以来のような気がする。
じっと汰絽を見つめていると、汰絽がため息をついた。


「よし君は特別な人、いるの」

「んー…。親友って意味ならお前だろ」

「そっか。僕も親友ならよし君だよ。そうじゃないの。親友じゃない、特別…」

「汰絽は? そういう人が、いるの?」

「わかんない。自分の気持ちが、わかんないの」

きゅっと唇を噛んだ汰絽は、もう一度ため息をついて、困ったなぁ、と呟いた。
それから机に突っ伏して、んー、と呻く。
なんとなく、親友の心が成長しているように感じて、好野は少しだけ嬉しくおもう。
今まで、むくと汰絽と自分でできた世界だったのが、広がったように感じた。


「特別…あ、好きな人、とか?」

「好きな人? みんな好きだよ。よし君も!」

「そういう、みんなへの好きじゃなくて、この人とキスしたい、手をつなぎたい、もっと先のこともしたいってそんな風に思う人。お前はそういう人、いないよな」

「…あ、えっ…」

好野の言葉に不意に風太が思い浮かんだ。
大きな手のひらとか、笑うと優しくくしゃりと歪む顔とか、抱きしめてくれた腕の温かさとか。
かっと頬が熱くなって、身体を起こす。
好野の方を振り向くと、好野は一瞬目を見開いて、汰絽の肩を掴んだ。


「えっ、お前…えっ、もしかして…っ」

「えっ、えぇっ…嘘、うそ」

ドッドッと大きく動く心臓。
体育祭のあの暑さを思い出した。
そっと目を瞑った後に感じた、熱を。


「うそ…、」

自分の気持ちがこんなにもあっさりと、すとんと心に落ちてくるのに、口から出てくる言葉は嘘、の一言だけだった。
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