愛しい人たちへ
「きっと、たろの母さんたちはいい人だったんだな」
「え?」
疲れて珍しく駄々をこねたむくを背負った風太が呟く。
隣を歩いていた汰絽は、顔をあげて、風太を見つめる。
「たろが強く優しく育ったのは、お前の両親が素晴らしい人だったからだ」
「僕が、強くて優しいのかはわからないけれど…、僕の両親はとてもいい人でした。いつも誰かが傍に居て、誰からも信頼されていた」
「だろ。だから、たろやむくみたいなこんな可愛い息子と孫に恵まれたんだ」
優しい表情の風太に、汰絽は頷く。
亡き母や父の思い出に馳せる時その景色には、常に誰かが傍に居た。
それは近所の人だったり、友人だったり。
あのふたりのもとで育ち、姉に子どもが出来て、その子どもがこんなにも汰絽にたくさんの幸せを与えてくれるなんて、汰絽は想像していなかった。
「僕…、すごく寂しがり屋なんです」
「寂しがり屋?」
「むくとふたりで、ずっと寂しくて、寂しくて。それでもむくには僕しかいないから」
そう言った汰絽は風太をじっと見つめる。
まっすぐな視線に風太は答えるように見つめ返した。
「でも、今はさみしくない。…風太さんがいるから」
さっきの雨は通り雨だったようで、雲の隙間から日差しが差して、3人を照らした。
もう寂しくないよ。
汰絽がむくにそう囁くのが聞こえて、風太は笑みをこぼした。
晴れた空は、まるで汰絽の心を映しているようだ。
「駅についたら、もうひとつ先の駅の近くにある水族館でも行くか。まだ昼前だし。そこで飯食おうぜ」
「いいですね。僕、水族館好きです。お魚〜」
「食べるのが?」
「見るのも食べるのも」
少し照れくさそうに笑った汰絽の頬が赤くなる。
風太は、不意に、汰絽をぎゅうぎゅうに抱きしめ、好きだと叫びたいような気持ちになった。
「風太さん?」
汰絽に呼ばれ、自分が足を止めたことに気付いた。
すぐに歩みを再開して、汰絽の隣を歩く。
「風太さん。今度、僕の家族に挨拶に行きませんか」
「いいのか」
「はい。ちゃんと、僕の家族だって紹介したいです。あ、それにおばあちゃんにも会いに行きましょう」
「ああ、連れてってくれ」
「ふふ。僕は幸せ者ですね」
汰絽がそう呟いたのを聞き、風太はぐっと目頭を押さえた。
こころ end
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