ママとパパのお話
電車から降りて、手をつないで歩く。
降りたところは乗った駅から5駅程の場所。
そこは、汰絽の両親と姉夫婦がトラックと事故を起こした山の麓。
大きな交通事故だったにも関わらず、むくは無事に帰ってきたし、両親も姉夫婦も綺麗な身体で帰ってきた。
不意に、霊安室のじわじわと身体が冷えてくる感じを思い出し、足を止める。
汰絽の手が震えているのに気付いたむくが、汰絽を見上げた。
風太は汰絽が震えているのを見て、足を止める。
「むく、ちょっと休むか」
風太の言葉に、むくは大きく返事をする。
汰絽もゆっくりと頷いて、歩道のガードレールに寄りかかった。
「汰絽、無理だったら…」
「だい、じょうぶ…。でもちょっと、疲れたかも…」
「ゆっくりでいいよ」
「はい」
「たぁちゃん、ん」
むくが差し出してきたのは、むくの大好きな綿あめ。
自分のリュックから取り出したそれに、汰絽はありがとう、と微笑んだ。
むくから貰った綿あめを口に含み、甘みを感じる。
「もう大丈夫だよ」
そう呟いて、ガードレールから身体を離す。
それから、3人はもう一度歩き始めた。
歩いていくと、事故防止の看板がいくつも立っている。
木々がざわざわと揺れる音を聞いて、瞬きをした。
「あのね。むく」
「なあに」
「たぁのママとパパと、むくのパパとママはね。むくを守ったんだよ」
「まもった?」
「そう。むくが、たぁと出会うように、たぁのことをひとりぼっちにしないように」
汰絽の言葉に、むくは首を傾げた。
それでも、むくにはきらきらと輝いてる言葉に聞こえたようだ。
むくは汰絽を見て、笑みを浮かべる。
「たぁちゃん、さみしくない」
「うん。むくがたぁのところに来てくれたから、寂しくないよ」
「むう、ままとぱぱ、いないないの」
「うん」
「たぁちゃん、さみしくない」
むくがにかっと笑ったのを見て、汰絽はまた涙が零れそうになった。
涙腺がおバカさんになってるな、と心の中で思いながらぎゅっと瞬きをする。
汰絽の頬を涙が伝いそうになった時、ぽたりと頬に雨が当たった。
もう少しで、事故現場につく。
雨が頬にあたってから、風太がむくを抱え、駆け足で大きな木の下へ走った。
きっと、この大きな木は桜の木だろう。
葉は山中のためか、まだ青々としていた。
その桜の木は雨を防いでくれる。
むくを地面に下ろして、汰絽が鞄から出したタオルでむくを拭く。
それから、汰絽は風太にもタオルを渡し、自分も身体を拭いた。
この木が立っている場所が、事故のあった場所だった。
写真で見たよりもずっと、急なカーブで、ぐっと胸が締め付けられる。
むくの小さな手が汰絽の手に伸びてきてきゅっと握られた。
「むく…、僕のところに来てくれてありがとう」
そう呟いた汰絽は、むくをぎゅっと抱きしめる。
小さなむくの手が汰絽にこたえるように回って、汰絽は唇を噛んだ。
「むう、さみしくない、だいじょーぶ」
むくが言った強がりの言葉。
それは、汰絽が一番最初にむくを抱きしめた時に呟いた言葉。
さみしくないよ、大丈夫。僕は、大丈夫だよ。
自分に言い聞かせるように呟いた言葉が、むくから聞けるとは思えなかった。
また、涙が零れだして、汰絽は自分の中にあったもやもやとした不安がゆっくりと抜けていくのを感じた。
「むう、たぁちゃんといっしょ。ずうっといっしょなの」
「うん。そばにいる。ずっと一緒だよ、むく」
「ふうたも、ずっといっしょ。いっしょ」
「ああ、むく。俺もそばにいる。ずっと、一緒だ。3人、ずっと一緒だ」
むくを抱きしめた汰絽ごと、風太もぎゅっと抱きしめる。
むくが嬉しそうに笑ったのが見えて、風太は目を瞑った。
汰絽の小さな泣き声が聞こえてきて、もう一度、ずっと一緒。と呟いた。
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