ごめんなさい
マンションに帰ってからご飯を食べたあと、お風呂に入ったむくと汰絽はリビングでテレビを見ていた。
むくの大好きなDVDだけれど、むくは静かにしている。
お風呂から戻った風太は、むくを挟んでソファーに腰を下ろした。


「むく」

「…」

「むく、ちゃんとごめんなさいしたか」

ふるふると首を振ったむくに、汰絽は風太を見つめた。
怒らないで、というように見つめてくる瞳に、風太は首を振る。
ぎゅっと口をつぐんだむくは、ぽんぽんと拳を握ってソファーを叩く。


「ちゃんと、言いたいことは言えばいい。ソファーを叩いても、誰もわからないぞ」

「うーっ、」

ぎゅっと握りしめた手がソファーを叩くのをやめ、パジャマを握りしめる。
呻っているむくの手を、そっと汰絽が握った。


「むく」

汰絽の優しい声に、むくの大きな瞳からまた涙がぽろぽろ零れだした。
わあっと泣き始めたむくは、風太が伸ばした手をぺしぺしと叩く。
自分の気持ちをうまく伝えられないのが苦しいのか、むくはわんわんと泣いた。


「むく、汰絽も俺も、いっぱい心配したんだ。むくが居なくなって、怖い目にあってないかって。むくも汰絽や俺が居なくなったら、心配するだろ?」

「う、う、」

「だから、ごめんなさい、しような」

「う、う、ごめんな、い、うええん、ええん」

「よしよし、いい子だ。むくは偉いなぁ」

風太の大きな手のひらがむくの頭を撫でる。
むくがわんわんと泣くのを聞きながら、汰絽はぎゅっと唇を噛みしめた。
小さなむくの大きな泣き声が、きっとこの先ずっと忘れられない。


「むく、おいで」

優しく呼ぶと、むくは手を伸ばして抱き付いてくる。
ぽん、ぽん、と優しく背中を撫でながら、もう片方の手で涙を拭う。
風太もそばに寄って、むくの頭を撫で続けた。


ぐっすりと眠ったむくをベッドに下ろして、そっと額に口付けてから汰絽は部屋を出た。
たくさん泣いたから、目の奥が痛い。
ぐりぐりと指先で目元をマッサージしながら、汰絽はキッチンへ向かった。


「大丈夫か」

冷蔵庫から保冷剤を出していると、風太に声をかけられて振り返る。
風太はミネラルウォーターの入ったペットボトルを冷蔵庫に戻しに来たようだ。
保冷剤を取り出してから脇によけて、持ってきたタオルでそれを巻く。


「…風太さんが居てくれて、良かった。僕、すぐに思いつかなくて、むくが行くところが、思いつかなくて…、すごく怖かった」

「むくが大事だから、冷静でいられなかったんだろ。…そんなに悔やむな」

「…でも、ありがとう、ございました」

汰絽の言葉に、風太は困ったように笑った。
ペットボトルを冷蔵庫に戻した風太は、冷蔵庫に寄りかかり汰絽を見つめる。
そっと汰絽に手を伸ばし、少し赤くなった目元を指先でなぞった。


「俺はさ、お前らと家族になったけれど…。親になることは出来ない。それは汰絽も同じだろうけれど」

ゆっくりと話し始めた風太は、目元をなぞっていた手で汰絽の髪をくしゃくしゃと撫でた。
それから、にかっと笑う。


「それでも、親みたいにむくのことを一番に思うのが、お前と俺だったらいいと俺は思う」

そう囁いたら、汰絽がくしゃりと顔を歪めたから、風太は汰絽をぎゅっと抱きしめた。
風太の腕の中で震える汰絽が小さくて、ああ、我慢させてたんだな、と心の中で思う。


「本当は泣き虫だったね」

そう言った父の姿を思い出し、風太は汰絽を抱きしめる腕に力を入れた。
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