「ごめん、今日先に帰ってくれ…」

「どうしたんですか?」

「ちょっとなー。呼び出された」

「え?」

「進路調査票提出するのわすっててさ」

風太の言葉に汰絽は、はあ、と答えた。
この学校は進学校で、一年の最初から進路希望調査が行われる。
二年生はそれがよくあるのか、うっかりな、という風太にこくりと頷いた。
食べ終えた弁当箱をしまい、チャイムの音を聞く。


「あ、じゃあ、行きますね」

「おう。…気を付けて帰れよ?」

「はいっ、大丈夫です。途中までよし君と帰ります」

「ああ、それがいい」

「では。よし君、もどろ」

好野とふたり手を振りながら屋上を後にする。
次の時間からは体育祭の練習でゆっくりと教室に向かう。
体育祭の練習では、女借りだけは練習が別にあるらしく、教室に荷物を置いてから汰絽は被服室へ向かった。


「この時間はこの教室で去年の衣装見ておいてね。毎年変わるけれど、おおよそ同じようなものだから参考程度に見てね」

三年生の体育祭係の指示に従い、衣装を眺める。
同じクラスのもうひとりの女借りに出る生徒に視線を移すと、他のクラスの生徒ときゃっきゃと騒いでいた。
まるで女の子みたいだな、と思うと背筋がぞわりとする。
さっと視線をそらし、窓の外を見ると、風太と杏がいた。


「あ…」

汰絽の声に前の方で話していた三人組が振り返った。
それから汰絽の視線の先の窓を見る。
風太と杏がいるのを見て、嬉しそうに騒ぎ出した。


「春野先輩、かっこいいー」

「だよね! やっぱ人気あるだけのルックスだよねぇ」

「僕は杏先輩派ー!」

「あ、こっち向いた」

その言葉に三人組を見ていた汰絽も窓に視線を向けた。
風太は三人の後ろの方に汰絽がいることに気付いたのか、小さく口角を上げる。
そんな風太にかあっと頬が熱くなるのを感じ、汰絽はパタパタと頬に風を送った。
窓の先で風太と杏が笑うのが見えて、全身が熱くなる。
その熱を冷ますように、ふるふると頭を振った。


「風にあたろう、」

小さく呟き、廊下に出て階段は向かった。
階段は他のところよりも少しだけ涼しい。
腰を下ろして、ゆっくりと息を吐き出す。
最近、風太といるとこんな風に熱を感じることが増えた。
自分でも理解できない熱に、ため息をついて落ち着くまで待つしかない。

原因が風太であることはわかっているけれど、理由がわからない。
考えてもどうしようもない。
そう思いながら、汰絽は目を瞑った。


「どうした、女装っ子」

「じょ…っ」

女装してません、と最後まで言えず、汰絽は口をつぐんだ。
からかわれたことに少しだけむっとして、それから、さっきの三人組のことを思い出してなおさらむっとしてしまう。
ふいっと顔をそらすと、風太が笑いながら隣に腰を下ろした。
小さく膝を抱えた汰絽は仏頂面になる。


「かわいくない顔してるなぁ」

「もともと可愛くないですー」

「はいはい。たろはいつでも可愛いなぁ、可愛い可愛い。で、どうしたよ? そんなに鼻曲げて」

「…あの三人はどうしたんですか」

「三人?」

はて、と首を傾げた風太に、汰絽はふるふると首を振った。
風太はそんな汰絽を深く追求せずに、疲れたーと呟きながら軽く階段に身体を預ける。
それから、汰絽の頭をポンポン、と撫でた


「頑張れよ」

「頑張れもなにも」

「大丈夫。たろは可愛いからなぁ」

風太がけらけらと笑うため、汰絽の行き場のない焦燥感はちりちりと音を立て燃え尽きる。
もう、考えるのをやめた、という風にため息をついて、風太と同じように階段に雪崩れかかった。


「背中、ごつごつしていたいです」

「そうだな。…戻らなくていいのか?」

「もう少し。この時間衣装見てるだけですから」

「そっか」

風太が身体を起こしたのを見て、汰絽も同じように起き上がる。


「来年、どんな衣装でしょうかね」

「そうだな。…俺はたろのナース姿が見たい」

「見せたくないですー」

汰絽が顔を背けながら言うのを聞き、風太は笑いながら頭を撫でた。
俺はこの後練習あるから、さすがにさぼるのはやべーから行くな、と告げて、階段を後にする。
汰絽もこくりと頷いて、チャイムが鳴るまでここで過ごそうと目を瞑った。
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