さよなら夏休み
夏休みは、あの事件以来何事もなく過ぎていった。
家でゆっくりと3人で過ごし、時折杏と好野が遊びに来る。
毎日が充実して、落ち着いて過ごせた。
始業式で長い校長先生の話を聞いてからのホームルームはどこか気の抜けたもので、だらだらと話す担任の声に眠気を誘われる。
まだまだ残暑は厳しく、程よく効いた冷房が心地よくて眠けが誘われる。
あくびをしながら眺めていると、隣の好野も同じようにあくびをした。
「体育祭かぁー」
隣に座った好野がのんびりと黒板を眺めながら呟くのを聞いて、汰絽も黒板を眺めた。
初めての体育祭。
見慣れない競技の名前がたくさんある。
委員長が前に立って、競技の説明をするのを聞いてから、周りと相談していい時間になった。
汰絽は隣の好野を見てから、もう一度あくびをする。
「ごめんね、よし君…。眠い」
「ああ、見てわかるよ。どれにする? 名前書いておくよ」
「んー、余ったのでいい」
「わかった。寝てなよ」
好野に勧められた通り、汰絽は腕を組み机に突っ伏した。
あらがえないほどの眠けに意識を連れ去られる。
教室のざわざわとした音が遠のいていき、汰絽は眠りについた。
すぐに眠りについた汰絽の頬をふにっと突く。
あまりの柔らかさに好野はへにゃりと笑った。
「うああ…汰絽ぉ、ごめんよぉおおお…」
好野の大きな謝罪にぱっと身体を起こした汰絽は、首を傾げながら土下座をしそうな好野を見つめた。
目覚まし時計に起こされるよりもすっきりと起きたなぁ、と呑気な事を考えていると黒板が目に入ってくる。
競技が決まったのか、競技名には全部丸がついてた。
「…じょ…、女装で借りちゃう借りもの競争…?」
「ごめぇぇぇんっ、ごめんほんとごめん! あれが余ってぇ…汰絽、可愛いから…ごめん」
好野の大きな声から鼓膜を守るために手のひらで耳を覆った。
初めての体育祭は女装をするらしい。
「…まぁ、人生のうちに一回はあるよね」
「…(ないなんて言えない…)」
もう一度机に突っ伏した汰絽に丁寧に頭を下げて、本当にごめんね、と心の中で謝った。
「…汰絽、春野先輩とどう? あの、お前が…」
「大丈夫だよ。前よりもずっと近くなったと思う。この夏休みで…」
「そっか。それなら…、それでいい」
好野の不安そうな顔に笑いかけると、好野も困ったように笑った。
たったひとりの親友は心配性だ。
「よし君は、あん先輩と仲良ししてる?」
「おう。杏先輩結構暇みたいでよく遊んでくれる」
「そうなんだ。たしかに…、夏休み開けてから、風太さんよくおうちにいるようになったなぁ」
「…今回の抗争が終わったら抜けるって、杏先輩が言ってたんだけど」
「風太さんも言ってた」
「…終わったのかもな。それかめどがついたのかも」
好野の言葉にあの時のことを思い出す。
今回のが終わったら、チーム抜けるから。
そう伝えてきた風太のまっすぐな瞳が、とても優しくてほっとしたら眠ってしまった。
「…誰かと一緒に過ごすのが、こんなにも楽しくて、愛おしいなんて想像もしてなかった」
そう言って笑った汰絽の顔がとても幸せそうで、好野は微笑まずにはいられなかった。
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