きれいごと
とにかく走った。
熱があったことだって、ここが炎天下の中だなんて忘れて、とにかく走った。
場所はある程度目星がついている。
電話から聞こえてきた踏切の音、車の音、鉄を溶接する音。
大事な人が奪われてしまったことから、感覚が研ぎ澄まされていろいろな音が聞こえてきた。

「はるのん!? 熱でてるんじゃ…!?」

途中、コンビニから出てきた杏に声をかけられ、足を止めた。


「俺もいこうか?」

「…いい。急いでるから、お前は西のとこに行ってつぶしてこい。ひとり残らずな」

「りょーかい」

「あとこれ、うちの玄関にかけとけ」

「もー、わかったよお」

スーパーの袋を杏に押し付け、汰絽がいるだろう場所へ向かう。
許せない。とにかく、汰絽の無事を確認して、それからその場にいた奴は全員潰す。
そんなことを考えながら、とにかく走った。


奥まった廃工場。
最近たまり場が増えた、とうわさで聞いていた。
重い扉を開くと、酒とたばこのしみついた匂いが風で運ばれる。
中に一歩ずつ進んでいくと、鉄パイプが落ちていたから拾ってずるずると引きずりながら歩いた。


「案外早いな」

奥の方から、声が聞こえてきた。
目を凝らすと、奥の方で蜂蜜色の髪が蹲っているのが見える。
蹲った汰絽の隣に立っている男が、細い髪を手でつかみ顔をあげさせるのが見えた。


「…お前もおんなじ目のあってみろ」

「あ? お前…、誰に手ぇ出してるか分かってんのか」

「今それが言えたことか?」

汰絽の髪を掴んでいる男が、ジーンズのポケットからナイフを取り出して汰絽の頬に刃先を滑らせた。
一歩近づくと、あたりから足音が聞こえてくる。


「…こういうとこに身を置いてんなら、いつどうなるかなんてわかりきってるだろ。それを承知の上で、身を置いてるんじゃねえのか」

「自分が大切にしてるやつの身を案じて何が悪い…! 大切にしてるやつがボロボロにされた俺の痛みは、怒りはっ、どこに向ければいい!」

「俺に直接向ければいいだろうが…! 姑息なことしてねえで、俺自身に!」

風太の怒鳴り声で、男が一瞬刃先を下ろした。
その動きで、汰絽は男に視線を向ける。
男はどこか辛そうで、泣き出してしまいそうな顔をしていた。


「ナイフを…、おろしてください」

汰絽の震えた声が工場の中で響いた。
男はくっとナイフを持ち直し、汰絽を見下ろす。
鉄パイプを持った手に力を入れ、風太はいつでも駆け出せるように体制を低くした。


「…ごめんなさい、きっと、僕が謝っても、…意味がないのだろうけれど、ごめんなさい。…大切な人を傷つけて、ごめんなさい」

「なんだよ」

「僕の大切な人が、あなたを大切な人を傷つけた。…それは、僕も抱えるべき責任だから…、だから、ごめんなさい」

汰絽の泣き出してしまいそうな声に、男が刃先を下ろした。
髪を掴んでいた手も離し汰絽は一瞬がくりと力が抜ける。
風太は汰絽の様子を見つめながら、ゆっくりと汰絽と男の元へ近づいた。
周りを囲んでいる奴らは、男に言われない限り手を出してこないようだ。


「…ごめんなさい」

「なんでてめぇが謝るんだよ」

「ごめんなさい」

「なんで…、なんでてめぇが謝るんだよ! てめぇに謝られたってっ、俺は、…あいつは…!」

「…あなたがまた、傷ついてしまったら、あなたの大切な人はきっと辛いから、」

汰絽がそういうと、男が膝をついた。
それから、拳を握りしめて地面を叩きつける。


「くっそ! お前みたいなやつが嫌いだ…! きれいごとばかり言いやがって! お前みたいなやつが…っ、」

「ごめんなさい」

「くっそ…止めれば、良かったんだ、俺が、…俺が止めてれば、抗争以外で、こんなことにならなかったのに…」

男の泣き叫ぶ声で、汰絽がごめんなさい、ともう一度呟いた。
その声を聞いて、風太は携帯を取り出す。
杏に電話をかけて、西へ向かうのをやめさせ、それから男と汰絽の元へ近づいた。


「…すまなかった」

男にそう声をかけてから、汰絽を抱きかかえる。
汰絽はぐったりと風太に身体を預け、目を瞑った。
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