溶けたアイスクリーム
一番よく行くスーパーの道の途中で、スーパーの袋が落ちていた。
その中には、野菜とアイスと…風邪の時に必要になりそうなものが入っている。


「くっそ!」

思わず大きな声で叫び、拳を握りしめた。
袋の中で溶けたアイスが、汰絽が落としたときにつけた傷からドロドロと零れだしている。


「…」

両手を縄で縛られるなんて体験を生きているうちにするなんて考えたこともなかった。
身体が震えているのがわかる。
怖くて怖くてたまらない。
握りしめた拳から力を抜くことが出来ない。


「君って、春野のなんなの?」

目の前でだらしなくしゃがみこんでいる男に顔を覗き込まれ、思わずじっと見つめ返す。
金髪に染められた髪のてっぺんが黒に戻りかけていた。
瞳もなにか色のついたコンタクトを入れているのか、偽物の色が見える。


「聞いてんのかっよ」

がっと頬を掴まれてこくこくと頷く。
頬が離されてはっと荒い息を吐き出した。


「家族です。…義兄です」

「きょうだーい? へぇ、キョーダイねぇ」

「あの、僕を攫ったって、こない…」

「来るよ。絶対来るっての」

妙に確信めいた声で言う男に汰絽は不安になった。
風太に知らせないように電話はやめたし、夏翔も風太が風邪をひいていることを知っているからきっと呼ばない。
こないでほしい。
そんな風に願ってしまう。


「とりあえず春野に連絡してくれない? 助けてぇってね」

目の前の男が隣にいた男から汰絽の携帯を受け取り、風太の携帯に発信させた。
耳元に当てられて、首を振る。


「駄目だっての。呼べ。お前もあの場にいたからわかるだろ、俺は恨みもってんの、あいつに。あの場にいた奴でな、俺の大切な奴がいたんだよ」

「…あの場って、黒猫の…」

震えながら問いかけてくる汰絽ににやりと笑い、汰絽の前髪を掴み上げる。
痛いっと叫んだ汰絽に顔を近づけた。


「お前、キョーダイつってもな、あいつはそうは思ってないんじゃねえのか? まぁ…、キョーダイつっても助けに来るかぁ」

「…っ、そんなこと! ないっ、兄弟って言ってくれたっ、兄弟って、家族ってっ言ってくれた!」

「泣き顔、可愛いな」

くいっと髪を持たれたまま顔をあげさせられる。
白い喉が曝け出されて、汰絽はぎゅっと目を瞑った。
耳元で低い声が聞こえてくる。
走っているような、荒い息。
どこにいる、そう聞こえてきたときにぎゅうっと胸が締め付けられた。


「わかんない…、やだ、きたらやだ、」

『行くよ。すぐ。約束守るから』

「やだ、やだ…っ」

『泣いてんのか、お前』

「泣いて、ないっ」

『ごめんな。待ってて。すぐ行くから、な』

汰絽の髪を乱暴に離され、地面に転がる。
こんな風な思いをすると思わなかった。
耳元で聞こえてきた声がやけに落ち着いていた。
携帯は男の手の中にあり、ゆらゆらとキーホルダーが揺れる。


「春野ー、わかるよなぁ? お前なら」

『西の奴か。上は知ってんのか』

「知っていようがいまが、お前に関係あるか?」

『まあいい。…そいつに手ぇ出したらぶっ殺してやる』

「はは、そう言って聞くやつがいるか?」

男が笑ったと同時に、汰絽の手を踏まれた。
同じ年代の男子高校生とは違って、小さな手が痛々しく赤くなり、次第に青くなってくる。
まだ電話が続いている。
汰絽は悲鳴を押し殺そうとぎゅっと歯を噛みしめた。

痛い痛い痛い痛い、怖い!
怖い、痛い!

痛いのと怖いのがごちゃ混ぜになって、涙が零れ始めた。
ぼたぼたと地面を濡らしシミになる。


「あーあ、泣いちゃってる。けなげだなぁ…、けなげに声押し殺して泣いちゃってるよ」

『ぶっ殺す』

電話が切られ、踏みつけられていた汰絽の手も解放される。
地面の小石などが押し付けられて皮膚が切れていた。
赤くなった手のひらの上に携帯が落とされて、汰絽は身体の力を抜く。


「…あいつもおんなじ思いしてもらわなきゃな」

男の目が弧を描いたのを見て、汰絽はぎゅっと唇をかみしめた。
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