夏風邪は馬鹿がひく
「風太さん」

不安そうな顔の汰絽の声をぼんやりとする頭の中で聞いた。
額にひんやりとするものが触れて、心地よい。
それが汰絽の手だと気づくまでには少し時間がかかった。


「…夏風邪って馬鹿が引くんじゃないのか」

「そんなの迷信ですよ。風太さん、ごはん食べましたし、お薬飲みましょ」

「あー…錠剤か?」

「錠剤ですよ。粉薬嫌だってお医者さんに怒鳴ったじゃないですか」

「…怒鳴ったか?」

汰絽が呆れたように言うのを聞きながら、体勢を整える。
頭が割れるようにいたい。
ベッドの中で一日中過ごすのもつらいが、この頭痛も辛かった。
くそ、と悪態をつきながら汰絽から薬を受け取り、お湯と一緒に飲み込む。


「…むくは?」

「むく風邪ひくと長引くんで、井川さんにお願いしました」

「…そうか、悪いな」

「いいえ、もう休みましょ?」

「寝すぎて疲れた」

困ったように風太を見つめる汰絽に、風太は軽く笑った。
悪いな、と謝りながら、汰絽を抱きしめる。
急に抱きしめられた汰絽は、わ、と声をあげながら一緒に倒れこんだ。


「もー、何ですか」

「お前のまね」

「はい?」

「一緒に寝てくれ、さみしいから」

「…さみしい?」

汰絽がそう問いかけると、風太がそのまま寝息を立て始めるのを聞いた。
最近、急に距離が近くなった気がする。
それは、夏休みに入ったばかりの時の黒猫に行った時以来から、そう感じるようになった。
風太の熱い体温がうつってくるようで、汰絽も目を瞑る。


「大丈夫ですよ、ここにいますよ。…さみしいのは、あなただけじゃない」

そう呟き、風太にすり寄った。
緩やかな風太の鼓動が心地よくて、ゆっくりと眠りに誘われる。
早く治りますように、と小さく呟いて、そのまま意識を深い闇に落とした。


「ん…、あ、ああ、寝ちゃってた」

風太の方を向くと、風太はまだ眠っている。
力の抜けた腕の中から抜け出して夕食の支度をしようとベッドの端に座った。
それから風太の方を向いて、そっと額に触れる。


「さっきよりも熱くない。…よかった、お薬効いたみたい」

ほっと息をついて、風太の額に張り付いた白い髪をのけた。
ベッドサイドに置いておいた洗面器の中にあるタオルを絞り、額をそっと撫でる。
汗を軽くふいてから、風太の顔を見つめた。
こうして眠っていると、年相応に見える。


「風太さん、夕飯の材料とか買ってきます…ゆっくりと、休んでください」

むくにするようにそっと額を合せる。
大丈夫。
小さな声で呟いて、こつんともう一度額を合せる。


「よしっ」

風太から離れて玄関へ向かった。
玄関から出ると、廊下はクーラーが効いていて心地よい。
財布を鞄にしまい、汰絽はエレベーターに向かった。
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