宝物のようにそっと
むくを寝かしつけてから、汰絽はリビングで冷たい麦茶を飲んでいた。
わんわんと泣いたせいか、眉間の奥が痛い。
ぐりぐりと指先でもんでいると、後ろから冷蔵庫を閉める音が聞こえた。
足音が近づいてきたのを聞いて、眉間をもんでいた手を離してそちらを向く。
風太はすぐに汰絽の隣に腰を下ろして、自分でコップに入れてきた麦茶を飲んだ。
「大丈夫か?」
「え?」
「泣きすぎて頭痛いんだろ?」
「あ…、少しだけ」
そう答えると、風太の大きな手のひらが労わるように額を頭を撫でた。
その手の優しさに心地よくなって目を細める。
隣の風太が少しだけ緊張しているのが、優しい右手越しに感じられた。
「たろ、俺のこと怖い?」
「いいえ」
「そっか」
気になっていたのか、少しだけトーンの落ちた声に汰絽は首を振って答えた。
自分が何を怖いと思っているのかも、もうわかっている。
それが風太ではないということを伝えたい。
「風太さんは、風太さんだから。どんなに喧嘩してたって、どんなにだらしなくたって、それは全部風太さんだから…、…ええと、わかります?」
「…」
「風太さん?」
「…ああ、分かる、ありがとな」
くしゃりとどこか泣き出してしまいそうなその笑顔に汰絽はぎゅっと心臓を締め付けられるのを感じた。
それから、ちゃんと伝わったということに気付き、良かったとほっとする。
風太も緊張がほぐれたのか、ソファーの背もたれに背を預け、息を吐き出した。
「俺さ、中学入ってから、チームに出はいりするようになってさ。…あ、チームの名前、ホワイトラビットっていうんだけど」
「しろいうさぎ?」
「おう。代々総長やる人が髪が白かったからな。でな、中学からずっとああいうところに身を置いていたわけ」
上を向いたまま話す風太に、汰絽もまっすぐ向いたまま話を聞いた。
なんでもないように話し出したけれど、これはきっと大切なことだ。
そう思った汰絽は風太の話に耳を傾ける。
「喧嘩することが好きだ。はっきり言うと。だからさ、チーム抜けたとしても、多分、もしかしたら…、この先、またこんなことがあるかもしれない」
「…はい」
「その時、もしお前が俺に愛想つかしたら、いつでも言ってくれよな」
「…愛想なんて、つかない」
汰絽の声が震えていて、風太はああ、と返事をしながらふわふわの髪を撫でた。
汰絽がこう答えてくれるのを知っていたと、そんな風に思う。
「僕…、風太さんのこと、とっても大切です。…風太さんが怖いんじゃなくて、風太さんがいなくなる方が怖い」
まっすぐ前を見つめたまま言う汰絽に、風太は嬉しくなる。
背もたれから起き上がり、汰絽を抱きしめた。
急に抱きしめられた汰絽はおずおずと手を背中に回してくれる。
そんな仕草もいちいち愛おしく思う。
「ありがと、ほんとお前…」
その先は言わない。
これは自分の胸の中でしまっておこう。
この、好きだ、という言葉は。
風太は汰絽の背中をぽんぽんと叩き、もう一度ありがとうと呟いた。
風太に抱きしめられながら、汰絽はふいに気付いた。
泣きすぎると眉間の奥が痛くなるってこと、風太さんも知っているんだ…。
風太さんも、そんなことがあったのかな、と思い、少しだけ悲しくなった。
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