垣間見える
「汰絽が大丈夫そうでよかった」

隣に座った好野にそう言われて、汰絽はこくりと頷いた。
自分の押えていた気持ちがぼろぼろと零れだすのはすごく恥ずかしかったけれど、あれが本心だったのかと思うとくすぐったい気持ちになる。
確かに、風太があんな風に暴力を振るう姿を見るのは怖かったけれど、それ以上に今の幸せな生活が…、ふたりぼっちじゃない生活がなくなる方が怖かった。
そのことをまっすぐに好野に伝えると、好野は泣きそうな顔で笑う。


「お前、良かったな。春野先輩と家族になれて」

「うん。…頼もしいお兄さんが出来てよかった」

「そっか」

好野と笑い合うとむくの話? とむくが汰絽の腕を引っ張った。
可愛い仕草にきゅんとして、汰絽はむくの額に口づける。
その口付けにむくが嬉しそうに両手を動かしたのを見て、好野が笑った。


「むくちゃん、ほら、プリンだぞ〜」

夏翔の猫なで声にむくが嬉しそうに手を伸ばす。
小さなカップに入ったプリンを受け取って、満面の笑みを浮かべた。


「むくよかったねぇ。…井川さん、ありがとうございます」

「いいえ。俺の方こそ」

「?」

「俺、子ども好きなんだよ」

むくを可愛がっている様子からして子どもが好きなことはわかるが、その言葉が少しだけ重みをもっていたのを感じ、汰絽は首を傾げた。
隣の好野が時計を見たのに気付き、汰絽はすぐに風太からもらった携帯を開いて時間を確認する。


「よし君、今日火曜日だよ」

「すっかり忘れてた。妹ちゃん塾迎えに行かんと」

「ん。バイバイ、あ、あの、遊ぼうね!」

「おう。今更何言ってんの、可愛いなぁ」

ぐりぐりと頭を撫でられ、汰絽は小さく笑った。
それから立ち上がった好野に手をひらひらと振る。
すると風太の隣に座っていた杏も立ち上がった。


「よーしくん、一緒に帰ろ」

「あ、はい。すんません、駅前の塾よってもいいっすか」

「うんっ」

夏翔に挨拶をしてから出ていくふたりに手を振り、汰絽は前を向いた。
食べ終わったお皿を洗うのを手伝おうと椅子をおりる。
それからむくの口元を拭いてから、夏翔の隣に行った。


「お手伝いします」

「おう、よろしくな」

腕まくりをして、夏翔の手伝いをしていると、風太がこちらを見ていることに気付いた。
むくはいい子に待っている。


「風太さん?」

「ん?」

「いえ…何かなぁって」

「ああ、悪い。何でもない」

風太の返事に首を傾げながら、洗い物を続ける。
全部洗い終えてから、手を拭いてむくのもとに戻った。
服を汚さないようによだれかけ代わりに使ったタオルを、汚れたほうを内側にして畳んで端に置く。


「帰るか」

風太の言葉に頷いて、むくを抱き上げて椅子から下ろす。
おんなじ目線まで腰を下ろしてから、むくの頭を撫でた。


「たぁ、上にカバン取ってくるから、風太さんと待っててね」

「うん!」

「むく、おいで」

「んー! だっこー!」

風太に抱きかかえられるのを見て、汰絽は2階へ向かった。
畳んだタオルを鞄にしまい、それから急いで下に降りる。
夏翔がどこかうらやましそうな表情でむくを見ているのを見て、汰絽はそんな夏翔の表情が少しだけ悲しいそうなのを感じた。


「井川さん?」

「ん?」

「…いえ、なんでもないです。カレーおいしかったです!」

「そうか。良かったよかった。今度から昼間のメニューに出そうかな」

「いいと思います」

にこっと笑いかけるといつも通りの夏翔に戻っていて、汰絽はほっとした。
それからむくを抱き上げた風太の隣に行き、夏翔に挨拶する。
黒猫を後にすると、ちょうど夕日が沈み終わったばかりの少しだけ明るい夜になっていた。
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