許さない
「ちょっと座ろう、な?」

好野に促されて、コンクリートの壁伝いに腰を下ろす。
髪を何度も梳いてやると、汰絽が好野を見上げた。
ぽろぽろと涙がこぼれてくるのを止められないようで、好野は汰絽の頭を撫でる。
杏がその様子を眺めていると、あたりの音が静まり返った。
その静寂の中、カラン、とひとつ、鉄パイプを落とす音だけが響く。


「…汰絽」

風太の低い声が、汰絽を呼ぶ。
泣きじゃくる汰絽に気付いた風太は振り返ることが出来ずに、拳を握りしめた。
怖がらせてしまった。
大事にしたかったのに、こんなところを見せて怖がらせてしまった。
そう思うと、自分に腹が立ってきて、握りしめた拳が震える。


「…汰絽、今日は一外のところに泊めてもらって」

好野は風太の言葉に、そうしよう、と汰絽に声をかけた。
それでも汰絽は頷かずにふるふると首を横に振る。
駄々をこねるような仕草に好野はどうして、と尋ねた。


「や…、風太さん、どこにもいかないで」

泣きじゃくっていている中で辛うじて聞き取れた言葉に、好野は風太の方を見た。
杏はごめんね、と小さく謝りながら、しゃがみこんで汰絽の背中を撫でる。
風太はその言葉が聞き取れなかったようで、その場を去ろうと足を動かそうとした。


「春野先輩、汰絽が、どこにもいかないでって」

好野は精一杯大きな声で風太に伝える。
風太はその言葉に足を止めて、振り返った。
その表情がどこか泣きそうにも感じられて、好野はこくりと頷く。


「汰絽」

風太が名前を呼ぶのを聞いて、よろよろと立ち上がり、風太のもとへ駆ける。
危なっかしく走る汰絽に風太も駆け寄り、汰絽をぎゅっと抱きしめた。


「ごめんな」

そう謝るとぐりぐりと風太の胸に頭を摺り寄せながら首を横に振った。
抱きしめた腕を離しても、汰絽がぎゅっとしがみついてきて顔が見ることが出来ない。
まるでコアラみたいになってしまった汰絽に風太は少しだけ安心してしまった。


「怖がらせてごめんな、おっかなかっただろ?」

汰絽の頭をぽんぽんと撫でながらそっと囁く。
まだ泣きじゃくっているのか、薄いTシャツに涙がしみこんでくるのがわかる。


「…杏たちにむくの迎え任せていいか? 黒猫で、少し休もうな」

こくりと頷いた汰絽に、風太は杏と好野にむくのことを頼んだ。
不安そうな好野にすまない、と謝ってから、汰絽を抱きかかえたまま黒猫に戻る。
残った好野と杏は静かになった路地裏をゆっくりと抜け出した。



「杏先輩、今回のこと俺、許しませんからね」

「…いいよう、許してもらえなくたって」

「絶対、許しませんから。汰絽を泣かせたら、許さないって言いましたからね、俺」

「…そんな目で見ないでよ。好野」

杏の声のトーンがかわったのを感じ、好野は眉を寄せた。
同じ目線。
少しだけ杏の方が小さいけれど、同じ高さにある目線に好野はドキリとした。
許してもらえなくていい。
そう言っている表情には見えなかった。
どこか悲しそうで、でも決めたことは覆す気はないのか、芯をもっている表情。


「いずれね、汰絽ちゃん、ひとりの時にこういうことがあるかもしれない」

「…」

「だからよし君がいる間に、感じて欲しかった。風太のあの感じを」

「…でも、いくらなんでも、あいつ、純粋なんだよ。きらきらしてて、真っ白な…」

「…風太と一緒にいるためだよ。風太はね、ずっとこういうところに身を置いてきたんだよ。俺も同じ。…ねえ、好野、俺のこと、嫌いになった?」

泣きそうな声に、好野は困ったように眉を下げた。
目の前の杏の表情がまるで捨てないでって言っているような気がして、思わず首を横に振る。
この人のこういうところに弱い。
杏はいつも飄々としていて、自分勝手なように見えるけれど、すごく寂しがり屋でもある。
自分の思っていることをやり遂げようとする強い意志もあるけれど、それに伴って失うものを手放せずにいられない。
そんな杏の弱さを知っている好野は、ため息をついた。


「杏先輩は杏先輩でしょ。…でも汰絽のことは別。俺にとって汰絽は大切な家族みたいなもんなんだ。だから、そういうの許せない」

「…わかった。もう汰絽ちゃんを試すようなことはしない。でもわかって。俺だって風太が大切なんだよ。風太が傷つくところなんてもう見たくない」

杏の言葉に好野もわかったと答えた。
それから今にも泣きだしてしまいそうな不良の頭をポンポンと撫でる。
その手がいつも汰絽を撫でるような優しい手つきで、杏はぎゅっと手を握った。
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