夏休みがやってきた
「んー…なにもすることがない」

隣に寝転がったむくがすうすうと眠り始めてもう1時間程経つ。
小さな体の寝相の悪さは誰に似たのか、ごろごろと部屋を転がっていた。
風太は夏休みに入ってから、慌ただしくマンションと黒猫を行ったり来たりしている。
今日も朝早くから黒猫に向かっていった。


「ちょっと寂しいな」

思わずそう呟いて、汰絽は口元を覆う。
3人での生活にすっかりに慣れきってきたようだ。
少しの恥ずかしさから、アイスでも食べよう、と独り言を呟きながら腰を上げた。


「ただいま!」

玄関から大きな声が聞こえてきて、アイスを取りに行こうとしていた汰絽は玄関へ向かった。
風太が頬を伝う汗を拭いながら、もう一度ただいまと言い靴を脱ぐ。
暑そうにTシャツの胸元をぱたぱたとさせる様子を見て、中涼しいですよ、と中に入るように促した。


「これ」

「え?」

「これ、携帯」

ずいっと渡された紙袋は、有名な犬のお父さんのかわいいイラストが描かれたもので汰絽は首を傾げる。
汰絽の不思議そうな表情に笑いながら風太はTシャツを脱ぎ捨て、部屋に着替えを取りに向かっていった。
袋の中をちらりとのぞいてから、風太のために麦茶をコップに入れ、テーブルに置く。
脱ぎ捨てられたTシャツは洗濯機の中に入れる。
少し経ってから身体を拭いて着替えてきた風太が隣に腰を下ろした。


「ないと不便だから、契約してきた」

「え? あ、保護者とか…」

「夏翔に頼んだ」

「あ、あの、お金」

「あ? 金は親父が出してくれた」

「あ、ありがとうございます…」

ぱあっと嬉しそうに笑った汰絽に風太はほっとする。
それから、テーブルに置かれた汗をかいているコップを手に取り冷えた麦茶を飲んだ。
開けろよ、と促すと、汰絽が大きく頷いて袋の中から箱を取り出した。
箱を開けると、風太と色違いの携帯がぴったりと収まっている。


「にゃんこさん、携帯につけろよ」

「はいっ」

汰絽はすぐに部屋にある鞄から猫のキーホルダーを取ってきて、携帯につける。
嬉しそうな様子が可愛くて、風太は汰絽の髪をかき混ぜた。
髪をぼさぼさにされた汰絽は目を輝かせながら風太を見上げた。


「ここで、電源な。メールとか電話するときはここ」

風太が教えてくれるのを聞いて、携帯を操作する。
覚えたころに、風太から赤外線で情報を受け取り、メールを打ってみた。


「できてる」

「よかった」

学校の番号と幼稚園の番号、家の電話の番号、それから風太の携帯の番号。
増えていく電話帳に嬉しくなって風太を見た。


「なんかあったら電話しろよ」

「はいっ」

きゅっと携帯を握った手がとても嬉しそうで、風太はほっとした。


「むく昼寝?」

「はい」

「気持ちよさそうに寝てるな」

「気持ちよさそうだけど、寝相すごいんですよ。お部屋の中を動き回るんです」

「そうなのか?」

風太が笑っているのを聞いて、汰絽も小さく笑う。
それから、風太にカメラの出し方を教えてもらい、眠っているむくを取った。


「わ、撮れた」

「お、いい感じだな」

「あ、あの」

「ん?」

「3人で、撮りたいです」

「おお、いいぞ」

大の字で寝ているむくの手をコンパクトにまとめて、風太と汰絽は隣に寝転がった。
それから風太が汰絽の携帯で内カメラを開く。
汰絽がピースするのを見て、風太も真似をした。
カシャ、とカメラの音がして、汰絽は風太から携帯を受け取った。


「あの、待ち受け…」

「ん? ああ、ここ押して。そう、そうしたらこうして…」

「あ、ありがとう…」

「…ああ」

不意に敬語が取れて風太は笑う。
大分自分の存在に慣れてきたな、と思う。
きゅっと携帯を抱きしめた汰絽が可愛くて、風太はむく越しに汰絽を眺めた。
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