布越しの体温
ビールをテーブルに乗せ、杏は美南の隣に腰を下ろした。
それからにまにまと笑っている顔を引き締めてビールのプルタブを起こす。


「お前、汰絽の前で飲むなよ」

「えー? なんで?」

「何でもだよ。今回は気付いてなかったからよかったけどな。控えろ」

「おっけー」

風太も杏から缶を受け取り、プルタブを起こす。
くいっと風太がビールを仰いだのを見てから、ふたりも同じように缶を傾けた。


「西、どれくらいで動き出す」

「こないだの情報だとなんか小賢しいことしてるみたいで、まだまだかかりそうだったけど」

「ああ」

「すぐになりそう」

「…面倒だな」

「いつでも面倒でしょ」

杏はそういながら、立ち上がって冷蔵庫へ向かう。
ベッドの方にちらりと視線を寄せたら、汰絽が小さくなって眠っていた。
その小さな丸まりを見つけてにんまりと笑った杏は、足音を立てないようにベッドに近づいた。
そんな杏に気付かない風太はビールをぐいぐいと仰いでいる。
ベッドに近づいた杏はじっと汰絽を眺めた。
つい最近まで中学生だった汰絽の顔は、愛らしいと思うほど子どものようだった。


「杏」

「なあに」

「触れたら殺す」

「ふふー。そんなこと言わないで、味見くらいいいでしょ」

「殺されたいのか」

風太の声が低くなったのを聞きながら、杏は顔を近づけるのをやめた。
こういうときの風太は冗談が通じない。
杏はおとなしくソファーに戻り、冷蔵庫からとってきたつまみを口に運ぶ。
空になった缶をつまみ、ゆらゆらと揺らした。


「本気なんだね」

「…」

「本気なら、なおさらやばいっしょ」

「わかってるっての、お前に言われなくてもな。めんどくさいって言わないくらいに」

「…仕方ないなぁ」

杏の言葉に美南も同じように頷く。
それから携帯を開いて、メール画面を開いた。
素早く打ち込んでメールを送信してから、ふうと一息つく。
返信はすぐに帰ってきて、風太に声をかける。


「東条さんのところはいつも通り、いつもの場所でただ集まってるみたいっす」

「そうか。出てこないことだけ祈るしかねぇな」

「まぁね。とりあえず、今日はないから飲みましょ」

「そうっすね!」

「そんなこと言ってると来るんじゃね」

「まっさかー」

フラグ立つだろ、とか考えていたら、後ろからもぞもぞと動く音が聞こえてきた。
ソファーからベッドに移って片膝のせ腰を下ろす。
すると汰絽がむくりと身体を起こし、目を擦った。


「汰絽、寝つきが悪いな」

「んー…。ふーたさん」

少し掠れた声にドキリとしながら、風太は汰絽の髪を梳く。
その手が心地よいのか汰絽はこくりこくりと船をこぎながら、風太の膝に手を置いた。


「ふーたさん、この前みたいにして…」

「…は?」

「このまえみたいの…、だれかといっしょじゃなきゃ、ねれない」

「まじか」

風太が問いかけると、こくりと頷いた。
ソファーの方へ向くと、杏と美南がにやにやと笑っている。
ふたりに腹が立ち、中指を立ててみれば、おーこわ、とふたりは部屋を出ていった。


うー、と眠そうな唸り声を上げた汰絽の顔を覗き込む。
少し上気した頬と、桜色の唇が震えているのが見えた。
うるうるとした瞳は少しだけ恨めしそうになっている。


「…ねむい」

「たろ…」

「きて」

小さく呟かれた声がやけに色っぽくて、風太は思わず息を呑んだ。
こんなにも心を揺さぶられたことなどない。
汰絽を初めて見つけた時も鮮烈だったが、今はもっとこう何かを掻き立てられるような…。
風太はぎこちない動きで、手を伸ばす。
汰絽の頭を撫でてやると、ぱたりと倒れた。
それから、風太も同じように横になり、背中を向けた汰絽を抱きしめる。
風太の体温を感じ、汰絽はふにゃりと顔を緩めてからすうすうと寝息を立て始めた。
上気した頬も、桜色の唇も、風太にとっては毒薬のように感じる。


「くっそ…、生殺しじゃねえか」

薄いTシャツから感じる体温に身体が熱くなるのを感じ、風太は思わずつぶやいた言葉に肩を落とした。
prev | next

back
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -