ほわほわララバイ

おやすみ、子猫ちゃん

夜も更け時計の短い針が次の日になったことを知らせている。
飲み物を飲みながら、あたりを見渡していた風太の肩にこてんと小さな頭が寄りかかってきた。
そっと覗き込むと、幸せそうな寝息が聞こえてきた。
ざわざわと騒がしい黒猫の中で、眠気に負けて眠ったようだ。
日頃早寝のせいか、だいぶ無理をしたようだ。

「汰絽ちゃん?」

酔っ払いになった杏が汰絽の顔を覗き込んできた。
その顔の近さにむっとした風太は杏の額を容赦なく叩く。

「ビタンっていったんですけど」

「広いな」

「やめてよ!　禿げてるみたいに言うの」

「うっせ、みんな」

「器ちっさっ」

杏がぶーぶーぶーたれるのを聞きながら、風太は汰絽の頭をぽんぽんと撫でる。
汰絽が、ん、と声を漏らすのを聞いてドキリとした。

「汰絽ちゃんってホントにかーいいねぇ」

「あ?」

「まつ毛ながくてふさふさだし、柔らかいしー?　幼い少年みたいだし?　おにーさんイケナイことしたくなっちゃうなー」

「ぶっ殺すぞ、お前」

「ふふー。早く2階連れていきなよー」

杏の頭に拳固を食らわせ、風太は汰絽を抱き上げた。
想像していたものよりもずっと軽く、なんだかどきりとする。
一瞬、動きを止めて汰絽の顔を覗き込むが、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきそうなほどの寝顔をしていた。
なぜか、汰絽が軽すぎてどこかに飛んでいくかのように、少しだけ不安になる。

「はるのん、上行かないの」

「行くっての」

「はよいけー」

「うるせぇな」

杏のしっしとする仕草に、そばにあった椅子を蹴ってから階段に向かった。

ベッドの上に小さな体を下ろすと、ううんと唸り声が聞こえてきた。
下ろされた汰絽は小さく丸くなり、布団を抱きしめる。
そんな子どものような恰好に風太は思わず笑い、白い頬に触れた。
柔らかくさらさらとした頬。
不意に口付けたくなり、風太は汰絽の顔を覗き込んだ。

「ん」

唇が頬に触れる数センチで、汰絽が小さな声を上げた。
ふと我に返った風太は汰絽から離れ、口元を覆う。
汰絽の寝息が止まったのを感じ、汰絽の様子をうかがうと、汰絽はうっすらと目を開いた。

「ふ…」

「…どうした」

「んん…」

「ん?」

もう一度問いかけても返事は来ない。
また幸せそうな呑気な寝息が聞こえてきて、風太は思わず苦笑した。
ぽんぽん、と頭を撫でてからソファーに移ってテレビをつける。
汰絽が起きないように音量を下げ、ちょうど始まったばかりのドラマを眺めた。
たいして面白くもなく、チャンネルを変える。
意味もなく、カチカチとチャンネルを変えていると、ドアがノックされた。

「そーちょー」

「美南か、どうした」

ノックをしながら入ってきた美南に、ノックの意味がないと文句を言いながら返事をする。
美南は部屋に入ってきて、風太が座っているソファーの目の前に腰を下ろした。
真剣な表情をした美南を見つめ、風太は要件を話すように促す。

「西の奴らが集まってるのを見た奴がいました」

「…ああ、だろうな。話は聞いている。酔っ払いは?」

「杏さんは情報屋から連絡が入って、確認に」

「わかった。めんどくせぇな。西はうちと規模が同じだから。…東条は」

「今のところなにもないみたいっす。とりあえず情報、集めときますか」

「ああ。俺が絡むとあいつも絡んでくるから」

美南が頷いたのを見ていると、後ろのベッドから汰絽が呻く声が聞こえてきた。
ひょいっと立ち上がった美南はベッドの方を見る。
小さくなっていた汰絽が寝返りを打ってまた呻く。
服が捲れ、白く滑らかな腹部が目に入る。
風太は美南の頭に拳固を落としてから、汰絽の方へ行く。
それからベッドにどさっと腰を掛けて、汰絽の顔を覗き込んだ。
今度はある程度意識があるのか、汰絽は手を伸ばしながら唸る。

「どうした?　寝苦しいか」

ふるふるとゆるく頭を振っても、汰絽の顔は悲しそうに歪んでいる。
今にも泣きだしそうなその表情に風太は首を傾げた。
汰絽の額に張り付いたきりそろっている前髪を払い、額をさらしてやる。
しっとりと汗をかいている額を手の甲で拭った。
1階にいた時よりもうんと涼しかったためエアコンを作動させていなかったが、ずっといるとまた暑さがぶり返してくる。
暑いのか、と思い、美南に声をかけた。

「冷房」

「エアコンっすねー。ここ、下より涼しいけど、ずっといると暑いっすよね」

ぐだぐだ話しながらエアコンを作動させた美南を一瞥してから汰絽の方を向く。
涼しい風が吹き、風太の腕を撫でた時、汰絽の眉間のしわが解消された。
そっと髪を梳いて熱を逃し、また額の汗を拭う。
ん、と気持ちよさそうな声が聞こえてきて、もう一度髪を梳いた。

「かわいいっすね。猫みたい。飼い猫」

「飼い猫ってなぁ」

また部屋の扉がノックされ、ふたりは黙る。
美南が扉を開けると、そこには杏が立っていた。
どうした、と尋ねる前ににやりと笑った杏が、ビールを3本横に振って見せる。
手の中のビールに、美南もにやりと笑った。

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