絡まる髪の毛
「そうちょー、ちょっといいっすか」
「ああ。杏、たろ頼む」
「おっけー」
杏のゆるい声を聞いてから風太は美南とカウンターの方へ向かっていく。
去って行った風太の背中をじっと見てから、汰絽は一瞬止めた手を動かし始める。
杏はそんな汰絽を見てから、ふふ、と小さく笑う。
それから腰を上げて汰絽の隣に移動した。
「さみしい?」
「はい? あ、杏先輩、これおいしいです!」
「んー…、ほんと? 一口頂戴」
「はい、どうぞ」
口を開いた杏に汰絽はスプーンで食べていたプリンを運んだ。
それから、ねっと首を傾け微笑む。
あー、可愛い、と杏は心の中で叫びながら汰絽の頭を撫でた。
「汰絽ちゃん楽しい?」
「はい。とっても楽しいです」
「よかった。あ、汰絽ちゃんの作ったケーキおいしかった」
「そうですか? うれしいです」
照れたように手元にあるジュースを飲む。
杏もつられてカクテルを煽り、汰絽の様子を眺めた。
グラスを置いて、テーブルの端に置いてあったメニューを手に取る。
メニューを眺めている汰絽の顔をじっと見つめると、汰絽のひとつひとつのパーツが綺麗に整っているのがわかった。
長いまつげに、桜色の唇、くんっと小さいけれど高い鼻、どれもが汰絽のために集められた部品のように見てくる。
ひとつひとつ切り取ったら、飾っておきたいような、そんな愛らしさが詰まっていた。
大きさもまるで子どものようで、ひとつ年下なのに、子ども扱いしてしまいそうだ。
「たーろちゃん」
「はい? なんですか、あん先輩」
「汰絽ちゃん、好きな人いる?」
「んー…」
女子高生の修学旅行のような会話に汰絽は首を傾げながら考え込んだ。
けれど、すぐに答えが出たのか、汰絽はメニューを置きながら笑う。
「いません。でも、風太さんに、むくに、よし君、あん先輩、担任の先生…みんな好きです」
「俺のこと好き?」
「はい。…駄目ですか…?」
「いやいやいや、全然おっけーです。むしろうれしい!」
杏はふわふわの汰絽の髪の毛を撫でた。
細い髪はすぐに絡まってぐしゃぐしゃになってしまう。
汰絽はん、っと少しむすりとして髪を直し始めた。
「はるのんが、むくちゃんやよし君の前に名前が挙がるのはびっくりしたな」
「え?」
「なんでもないよ」
ぼそりと呟いた声に汰絽は手を止めて杏を見た。
それから、なんでもないといった杏にそうですか、と答えてから髪を直す手を動かす。
絡まったのがしつこいのか、なかなか終わらない。
「汰絽ちゃん、彼女いたことある?」
「はい? えー? ありませんよ。女の子の友達もいませんですし。中学も男子校だったんです」
「へー、そうなんだ。まっさらだね」
「まっさら?」
「んーん。俺がけがれてるだけ」
杏はそういうと何にもない、と汰絽のやっとほどけてきた髪を再度絡ませた。
あー、と声を上げた汰絽に思わず笑う。
そういえば、よし君が…と話を変えると汰絽が嬉しそうに食いついてきた。
結構仲良しになっているのか、杏は汰絽よりも好野のことをよく知っている。
汰絽はそれがうれしいのか、にこにこと笑いながら相槌を打った。
「ちょっと、妬けちゃいます」
「どうしてよ?」
「よし君が取られたみたいで」
「取らないよー? よし君は汰絽ちゃんの一番でしょ? だからいーらない」
「あ…はは、よし君、いらないって言われしちゃいましたね」
「言っちゃったー! あ、汰絽ちゃんもう一つ聞いていい?」
杏の真剣そうな表情に汰絽は笑うのをやめた。
それからじっと見つめ返す。
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