お金持ち
そろそろだな、と風太が呟いた声で汰絽はちらりと風太を見た。
店の真ん中に置かれたテーブルの方を見るように促され、そちらに視線を移すと夏翔が料理を運んでいる。
あ、と立ち上がろうとしたところで風太に止められた。

汰絽を止めた風太が立ち上がって、店の中を見渡す。
それから、汰絽にちょっとごめんな、と謝ってから声を張り上げた。


「今月の誕生日の奴から料理とってけ! 目一杯食えよ!! ケーキ作ったの汰絽だから!」

「ちょ、風太、俺も手伝ったからな」

夏翔の声に店の中がどっと沸いた。
それから今月の誕生日の人達が料理を取りに行くのを見て、汰絽は微笑む。
まるで、家族みたいだ、なんて思ってしまう。


「たろ、あいつらが取り終わったら俺らも行くか」

「はい。…はは、すごい迫力ですね」

「食い盛りが集まってるからな」

風太の言葉通り、大皿に山盛りになった料理がどんどん減っていく。
思わず笑ってしまうと、隣で座っていた風太も軽く笑っていた。
料理を取りに行っていた人達がある程度座ったのを見て、ふたりは腰を上げた。
美南はすでに他の席の人と話している。


「どれがいい?」

風太に問いかけられ、汰絽は料理を見渡した。
がっつりとしたものから、さっぱりとした料理までたくさんの料理が勢ぞろいしていて汰絽は目を輝かせる。


「あ…、このパスタ食べたいです」

「了解。ほかは?」

「エビフライが」

風太が料理を皿にのせていくのを見て、汰絽はほわ、と声を漏らした。
洗練された動きがとてもきれいで、普段めんどくさそうな風太がそんな仕草をしているのだと思うとドキリとする。
後から来た杏がそんな汰絽を見て、大きく笑った。


「仮にもこの人、春文社の孫だからね」

「…え? えっ!? あ、あの大手出版社のですか!?」

「あ、知ってるんだ。…ん? えっ、知らなったのー!?」

「…し、知りませんでした! だからあんないいマンションに住んでいるんですね」

言ってなかったか? と首を傾げている風太に大きく頷く。
杏が隣で苦笑しているのを見て、汰絽はため息をついた。
それから隣に立つ風太を見上げてそういえば、と風太の部屋を思い出す。
この人の部屋にあった本、春文社のものが多かったななんてことを思いながら、もう一度ため息をついた。


「風太さん、たまにずぼらになりますよね」

「悪い悪い。ほら、これぐらいでいいだろ、戻るぞ」

片手で皿を持った風太に背中を押され、席に戻る。
皿にのせられた料理を見て、汰絽は風太の方を見た。


「食べていいぞ?」

「はいっ。…いただきます」

「おう」

汰絽の言葉に、あたり一同一瞬しんとした。
それからあちらこちらからいただきます、と声が上がり、夏翔が大きく笑った。
隣に座っている風太も笑っていて、汰絽は首を傾げる。


「はは、あいつらいただきますなんて普段言わないのにな」

「そうなんですか?」

「まあな。あ、汰絽、口についてる」

長い指先がそっと伸びてきて、口元についていたソースをさらう。
あ、と声を漏らすと、風太が指先についたソースをなめとった。
カッと身体が熱くなって、汰絽は夏翔が持ってきてくれた飲み物をぐいっと煽る。


「どうした? あ、尻尾も食えよ」

「はい」

グラスを置いて、首を傾げながらエビフライの尻尾を口に放り込む。
部屋が暑いような気がしてパタパタと手のひらで仰いだ。
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