ただいま
帰るぞ、と耳元でささやかれて、汰絽は上気した頬を緩めた。
嬉しそうに椅子から降り、風太にぴたりとくっつく。
可愛いやら、なごむやら、チームのメンバーがデレデレするのを見て、風太は苦笑した。


「うちに居ないタイプだからな」

風太の呟きに首を傾げながら下から覗きこむ。
ぽんっと背中を押されて、汰絽は足を進めた。


「また来てね! 汰絽ちゃーん!!」

「はいっ、さようならっ」

小さく手を振った汰絽を見て、風太は荷物を渡す。
紙袋は風太が持って、隣を歩く汰絽を見下ろした。
今にもスキップをしだしそうな様子が、とても愛らしい。


「バイク返したから帰りは歩きな。近いから」

「はいっ」

「楽しそうだな」

こくこくと頷いた汰絽が風太を見上げた。
小さな体が揺れている。


「みなさん、とってもいい人でした」

「そっか。良かった」

「ふふ、煙草ぽいする人ばかりだと思ってた」

「ん? 俺のチームには、そんなマナーのなってない奴は置かないからな」

「風太さんらしいです」

弾んだ声に思わず笑い声を漏らしながら、風太はだろ、と返した。
惚れた欲目からか、どんな汰絽も可愛くて仕方がない。

今更だけれども、汰絽は男だ。
胸もないし、女のように柔らかくもない。
それでも、汰絽が好きだ、と心の中で呟く。
もともとそんなに恋愛観に縛りがない。
その点、自由だな、などとため息のように呟いた。


「…」

隣で弾むように歩いていた汰絽の足取りがゆっくりになった。
とぼとぼとした歩みに、風太は汰絽の顔を覗き込んだ。


「帰ったら、むく、居ないんですよね」

急にしょぼんとした汰絽の言葉に、風太はどうしたことかとポケットに手を突っ込んだ。
指先にあたった煙草。
これは役に立たない。
もうひとつあるはず、とその先へ進むと、指先にもう一つ当たった。


「たーろ」

名前を呼ぶと、そっと顔を上げる。
少し空いた唇を見て、風太はポケットの中で器用に包装を外した。
それから、かっと顎を掴んで口を開かせてそれを入れた。


「んぐ…あめ?」

「そ。美南が買ってきた奴。どう? うまい?」

「うまいです。…いちご!」

「そっか。帰ったらDVDでも見るか。 ひとりじゃさみしいだろ」

「…いいんですか?」

「どうぞ」

汰絽の顔がほわほわとした柔らかいものになって、風太は軽く笑った。
腰のポケットに入れた携帯が鳴って、メールを開く。
杏から来たメールはコンビニの袋に入っていた物を裏づけする内容だった。
険しい表情をした風太を、不安そうな顔をして覗き込んできた汰絽に、風太はぽんぽんと頭を撫でて何でもない、と返す。


「たろ。明日ケーキ作ってもらえる?」

「はい。おっけーです! えっと、何時からですか?」

「ん? 準備は昼過ぎから。そのまま夜通しだから、覚悟しろよー?」

「ううー、寝ちゃうかも」

「寝たら上連れてくから大丈夫だよ」

「はいっ」

他愛のない会話の途中で、マンションについて、ふたりは口を閉じた。
エレベーターに乗り込むと、マンションを出た時に出会ったふたりとまた一緒になった。
ひとりはとても眠たそうな顔をしながら背の高い男性に寄りかかっている。
眠そうだね、と言いながら男性は、もうひとりの髪を撫でて微笑んだ。
風太はその男性に会釈をして、汰絽も同じように頭を下げた。


「こんばんは、一さん」

「こんばんは。春野君、今日はどこに行ったの?」

「隣町の海に行ってきました。あそこいいですね」

「ああ、昨日テレビでやってた」

「はい。一さんはどちらに?」

「映画を見に行ってきたんだ。ね」

隣で眠そうにしている人に話しかけ、一と呼ばれた男性が微笑んだ。
大人の男の人の笑い方に汰絽はほお、とする。
話しかけられた人はこくりと頷いて、一に笑いかけた。


「ところで、そちらの子が新しく春野君家に住んでいる子?」

「はい。こいつとあとひとり」

「あ、春野汰絽です」

ぺこりと頭を下げた汰絽に一も頭を下げた。
とてもいい人そうでほっとする。


「俺は一時雨。こちらは月見椿。よろしくね」

「よろしくお願いします」

もう一度頭を下げたところで、エレベーターががたりと揺れた。
汰絽と風太が降りる階につき、ふたりは挨拶をしてから降りる。
風太がカードキーを取り出して鍵を開けるのを眺めながら、汰絽は一と一緒にいた椿のことを考えた。


「同い年ですかね」

「ああ、月見さんか?」

「はい」

「たしか同い年だぞ。去年時雨さんのところに来たんだよ」

「そうなんですか。仲良くできたらいいです」

「そうだな。あの子人見知りみたいだから、優しくしてやれよ」

「はいっ」

満面の笑みで頷いた汰絽に、風太も同じように笑った。
それから、ふたりそろってただいまーと誰もいない家に声をかけた。
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