梅雨明け、ですか?
お風呂も終え、むくが寝着いたのを見守った汰絽は、リビングへ戻った。
風太から買ってもらった、3つのお揃いのマグカップに紅茶を入れて、ソファーに座りテレビを眺める。
はぁ、と小さくため息が零れてしまい、口を押さえた。

風太のマンションへ引っ越してきて、数日間。
初めての少しだけ長い休みが来た。
学校での昼休みを風太と好野と杏と過ごすようになって、毎日がくるっと変わったような気がした。
時々、祖母の家の前を通る。
以前の生活を思い出して、微笑んでしまうくらいに、汰絽は自分の気持ちが軽くなっていることを感じた。


「…しあわせ」

呟いてみると、確かに自分は今、幸せでたまらない、と思う。
汰絽は紅茶をもう一口口に含んだ。


「まだ眠っていなかったのか」

「風太さん、お風呂上がったんですか?」

「おう。今日は、柚子にしたんだな」

「ちょっと季節に合いませんけどね」

そう言って、マグカップをテーブルに置く。
テレビの音量を下げて、リモコンをマグカップの隣に下ろした。


「たろ、どうした? お前」

「え?」

「…不安そうな顔してる」

静かな声で指摘されて、汰絽は口元を押さえた。
テレビに向けていた視線をもっと下へ下ろして、俯く。
風太は隣に座り、ぽんぽん、と汰絽の頭を撫でた。


「どうした? …言ってみな」

「…ふうた、さん…」

「甘えていいって言っただろ? 今が、その時なんじゃねぇの?」

優しい声に、汰絽は顔をあげた。
こくん、と喉を鳴らし、頷く。


「むくが…、むくが、お泊りするの、本当は、僕が嫌なんです」

「お前が?」

「はい。今まで、離れたことがなくって、怖くて…。もし、もしこのまま帰ってこなかったらって、思ったら、どうしようもなくて」

「不安、な」

「もう、お母さんたちの時みたいな思い、したくないんです」

そういうと、汰絽の目から大きな涙が零れた。
ぽたりと落ちる涙が落ちる前に、風太は汰絽を抱きしめる。
強く、離さないとでも言うかのように、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
驚いたような声が上がって、風太は汰絽の体を離す。


「風太、さん?」

「悪い」

「いえ、へいき、です」

「…涙、止まってる」

「…あ…。…ふ、あはは、風太さん、すごい」

「…ははっ、お前、驚くと涙止まるんだな」

「誰だって、そうですよっ」

汰絽の涙が止まって、不安そうな表情はもうどこにもない。
どこか、楽しげな表情になっている。
風太は安心して、もう一度汰絽を抱きしめた。


「お前、すっげぇ子ども体温」

「風太さんも結構あったかいですよ」

今度は汰絽も同じように風太の背中に腕をまわした。
小さな小さな汰絽の体が風太の腕の中にすっぽり納まる。
風太は思わず笑った。
この前のような、奇妙な感覚はなく、純粋に抱きしめられる。
そんな些細なことに風太ははっとした。
この体温を、手放したくない。
風太はそう思い、自分の気持ちをはっきりと理解した。


―…俺は、汰絽のことが好きなのか


「風太さん」

嬉しそうに、自分にすり寄ってきた汰絽に、風太は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
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