好きなの?
コンコン、とドアをノックされる音でむくは目を覚ました。
ベッドから降りて、背伸びをして扉をあけると風太が挨拶してくる。
窓を叩く雨の音が聞こえてきて、振り返った。
「あめ?」
「雨、降ってるな。…梅雨入りしたか」
はあ、と溜息をついた風太がむくに顔を洗うように告げた。
その言葉に従って洗面所に向かう前にちらりと部屋を振りかえる。
そこには、優しい顔をした風太が汰絽の頬を撫でる姿があった。
「ふうたはたぁちゃんがすきなの?」
汰絽がまだ眠っている間、風太は朝食の準備をしていた。
傍に寄ってきたむくにそう尋ねられ、一瞬黙り込んだ。
―…好き? それは、どういった意味で…?
とは、むくに聞き返すことができなかった。
不安な表情をして、すきなの? ともう一度聞いてきたむくに困る。
むくと同じ高さまで腰をおろして、頭を撫でた。
「どうした?」
「ふうた、むくからたぁちゃんとるの?」
「むくから?」
「たぁちゃん、とらない?」
舌ったらずな声が、不安そうで、風太は少しだけむくの気持ちが読み取れた。
むくの汰絽を、風太が取り上げるのではないか。
そう不安になっているのだろう。
風太はそう思い、むくを抱きあげた。
「独り占めなんか、しない。汰絽はむくの大事な人なんだろ?」
「うん…」
「大丈夫だ。よし、そろそろ汰絽を起してきな」
こくりと頷いたむくはキッチンからふたりの部屋へ走っていく。
それをながめながら、風太は口元を押さえた。
―…見られたのか。
不安そうなむくの表情に、思い当たる点があって風太は思わずため息をついた。
あれは、無意識のうちの行動だった。
部屋を覗けばまだ眠っている汰絽がいて、白い頬とか、桜色の唇とか…。
ふわふわな髪色とか、何もかもが愛おしく見えて、思わず頬を撫でて覗きこんだ。
桜色の唇から洩れる吐息は、とても甘い香りがした気がする。
自分の唇で、その甘い吐息を塞いでしまいたくなる。
けれど、むくの声が聞こえてきて、自分が何をしようとしていたのか気づいた。
そのおかげで唇を塞いで、甘い吐息を味わおうとする衝動を抑えることができた。
そんな後暗いことがあって、むくに問われたことを思い返し、自己嫌悪に陥る。
「風太さん? おはようございます」
「あ、あぁ。はよ」
「朝ごはん、すみません。お寝坊しちゃいました」
「いいって。それより、もう時間だろ? 俺も一緒に出るから」
「はい」
キッチンでぼんやりしていたところに声をかけられて、風太は我に返った。
出来上がった朝食を汰絽に返事をしながら、運び始める。
運び終わったところでむくも戻ってきて朝食を始めた。
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