1.放っとけないと思った



「もう帰れよ」
いつもと違い、英二の声は驚くほどそっけない。
「……うん。そのうち、帰るよ」
その声に、俺は何度目かになる台詞を返す。
「さっきからそればっかじゃん」
拗ねたような声でそう言うと、英二はまた膝に顔をうずめて黙り込んだ。
先程まで聞こえていた嗚咽は、いつの間にか治まったようで、丘の下から聴こえる喧騒だけが響いていた。

「なんで帰らないの?」
気がつくと英二はまぶたの腫れた目をこちらに向けていた。絆創膏の下の鼻が、泣きすぎて赤くなっているのが分かる。
「なんで……かな」
答えは、自分でも分からなかった。俺の返答に、英二は膨れっ面をする。
「なにそれ、変なの」
「うん、変だと思う」
「ははっ……自分で言うなよ」
英二は吹き出し、何がおかしかったのかおなかを抱えて笑い始めた。よく分からなかったけど、それにつられて俺も笑った。

ひとしきり笑った後、英二はおもむろに立ち上がった。そして、すっかり赤くなった夕陽を見つめて呟く。
「早く強くなりたいな」
その強いまなざしに、一瞬どきりとする。格好いいと思った。『英二なら絶対なれる』と思った。
「なれるよ、英二なら」
「……なーんか上から目線じゃない?」
「そ、そんなことないよ!」
英二から訝しげな目で見られてうろたえてしまう。しかし、そんな俺の様子に英二はすぐに破顔し、
「うそうそ!だって大石だってまだそんな上手くないもんな!」
と言った。
……そう言われるのも微妙な心境だけど。
でも、事実には変わりない。だから、

「一緒に強くなろうよ、英二」
一瞬見開かれた大きな目は、またすぐに細められた。
「……うん!絶対な、大石!」

その時の英二の、オレンジ色に染まった満面の笑みを見て、またどきりとする。
そんな俺の様子なんか気にも留めず、英二は俺の方に向き直り、口を開いた。
「今日はありがとな、大石」
だけど言われる覚えのない『ありがとう』に、俺は一瞬呆けてしまう。
「え?何が?」
「そのー……いてくれて?」
英二が照れたように俯く。
「いや、そんな……お礼を言われるようなことじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「な、なんでもない!」
不思議そうに見つめられて、今度は俺が俯く番だった。



ただ、放っとけないと思っただけなんだ。


prev next

 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -