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英二の長い長い片思いの話 3

新学期が始まってから、俺は部活がなくなり持て余した時間を潰そうと、大石を頻繁に遊びに誘うようになった。
……いや、本当は、それを口実にただ大石といたかったっていうだけだ。自分でも自覚しているが、それを認めてしまうと妙に恥ずかしい。
俺は、今日も用もなく転がり込んだ大石の部屋で頭を抱えた。さっきから俺の存在をなかったことにして、勉強机に向かっている大石の背中を見つめる。

ああ、どうして俺は大石なんか好きになってしまったんだ!あんな奴、頭はいいけど真面目すぎる堅物じゃないか!……まあ、その真面目さのおかげでテニス部が回っていたんだけどさ。いやいや、あんな奴、髪型がまずありえないじゃないか!……まあ、顔は割とイイ方じゃないかと思うんだけど。でもでも!やっぱりあんな奴、優柔不断だし!……うーん、でも決めるところは決めるんだよなあ。そこがまあ、ちょーっとカッコイイというか……って俺は一体何を考えているんだ!そうだ!あんな奴……。
「何一人で百面相してるんだ、英二?」
「うわあああ!」

気がつくと、大石は俺の方を向いて呆れた顔をしていた。
「ひっ人の顔、勝手に盗み見すんなよな!」
「いや、大体ここは俺の部屋じゃないか。盗み見も何もないだろう」
「うるせー!そもそもお前のせいだー!」
俺は近くにあったクッションを掴み、大石に投げつけた。
「うわ!」
大石はそのクッションを咄嗟に避ける。
「……おー、ナイス反射神経」
「ナイスじゃないだろ!一体、どうしたんだよ英二。俺が何かしたか?」
どうしたもこうしたもない、ただの八つ当たりだ。自覚はしている。俺は大石から顔を逸らした。
「べっつにー?なんでもなーい」
「全く……」
大石はため息をつくと、椅子から立ち上がって俺のそばまで来る。な、なんだこの野郎。怒ったか?

俺がそう考えて少し身構えると、大石は俺の頭に手を伸ばし、いきなりぽんぽんと撫で始めた。
「何?」
「いや、英二がほっとかれ過ぎて拗ねたのかと思って」
「……子ども扱いすんなよ」
「はいはい。じゃあ俺が休憩したくなったから、英二に構ってもらおうかと思った、ってことにしてくれよ」
大石はそう言って、俺の頭から手を離すと、
「コーヒーでも入れてくるよ」
と立ち上がった。
「……俺コーラ」
「あー、ごめん。今ないかも」
「じゃあ、ココア」
「了解」
大石は俺に振りむいて微笑むと、ドアを開けて部屋から出ていった。


ああ、くやしい。
あんな風に俺が一方的に怒ってるなんて、馬鹿みたいだ。
俺の気持ちも知らない癖に、大石が知ったような顔をして微笑んでいるのがくやしい。子ども扱いされたのがくやしい。

でも、それで馬鹿みたいに心が浮き立つ自分がいたことが、もっとくやしい。頭を撫でられて、思ったよりも心臓が跳ね上がったこともくやしい。

俺、こんなんじゃなかったのに。
これが恋は盲目ってやつか、などと妙に感心してしまう。
でも大石なんか好きになったって、仕方ないじゃないか。
俺たちは、ゴールデンペアだ。共に三年間戦ってきた、かけがえのない仲間で、誰よりお互い信頼しあえる友達だ。
ずっとこのままいたいと思ってたし、このままいられると思ってた。
でも、大石は外部の高校を受験し、もう一緒にテニスができない。俺はあろうことか、大石を好きになってしまった。
……俺は一体、どうすればいいんだろう。途方に暮れてしまう。


その時、ドアの外から大石の声がした。
「英二、開けてくれないか?」
俺は立ち上がり、ゆっくりとドアを開ける。
「ありがとう。手が塞がっちゃってさ。はい、英二」
「あ、ありがとう」
大石からココアのたっぷり入ったグラスを受け取る。先に座ってコーヒーを飲み始めた大石に倣って、俺も飲み始める。もう九月も半ばだが、まだまだ暑いため、つめたいココアが気持ちいい。
「うん、おいしい」
大石の家で飲むココアはいつもおいしい。甘くて、少し幸せになり、少し気持ちも持ち直した。
「機嫌は直った?」
「……まーねー」
「それはよかった」
仕方ない、このおいしいココアに免じて、今日のところは許してやろう。
一体何を許すんだと自分でも思ったが、そんなことはまあどうでもいい。とにかく、今はくよくよしても仕方ない!……ココアを飲んだだけで、自分も随分現金なもんだ。


「もう今日はあと一時間半だから、少し遊ぼうか、英二」
大石はコーヒー飲み終えて、こう言いだした。
「一時間半?」
「ああ、一日の勉強のノルマを作ったんだよ。それが、あと一時間半」
俺は時計を見た。六時。
大体四時過ぎに学校からそのまま大石の家に来て、少しダベった。それから、すぐ大石は勉強を始めて、俺は持ってきたゲームや雑誌で暇つぶしをして、多分一時間半くらい。
「ノルマって、一日三時間も勉強してるの?」
俺は驚いて、大声を出してしまった。
「ああ。そんなに多くはないと思うけど」
「まだ九月なのに?」
「早くから始めるのに越したことはないだろう?」
俺は少し嫌な予感を覚えた。
「もしかしてそれって、毎日してる?」
「毎日しなきゃノルマにならないだろう」
「そんな……」

俺は新学期が始まってから半月間、大石をやたら遊びに連れだした。
大石も勉強するだろうと思って毎日は誘わなかったが、まだ九月だということもあり、そこまでしないかと勝手に思い込んでいた。
マックで俺が話し込んで、かなり遅くなった日もあった。身体が鈍ったからと、くたくたになるまでテニスに付き合ってもらったこともある。でも大石は嫌な顔ひとつしなかったし、早く帰りたいとも一言も言わなかった。だから全然知らなかった。そんなに毎日頑張っていたなんて。
夏休み最後の日の、前を見据えた大石の顔を思い出す。
そうだ。大石はもう、前に進み始めていたんだ。

「言ってくれればそんなにいっぱい誘わなかったのに!」
俺は大石に詰め寄った。どうして言ってくれなかったんだ。俺にまで気を遣わなくていいのに。
「英二と遊ぶの、俺も楽しいんだよ」
大石が答える。それはきっと本当のことなんだと思う。
でも俺は、これ以上大石の邪魔をする訳にはいかないし、したくない。応援するって決めたんだ。

「でももう、俺からは誘わないよ」
「そんな寂しいこと言うなって。言っただろ?俺だって楽しかったんだ」
俺の言葉を聞いた大石は、まるで試合の時みたいに、俺の肩に手を置いて言った。
そして俺は、それだけで嬉しいと感じてしまうんだ。


「じゃあ寂しいときは遊んでやるから、大石から誘って。これでいい?」
俺がやっとの思いでそう返すと、大石は、
「ありがとう」
と微笑んだ。



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