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英二の長い長い片思いの話 2

夏休み最終日。
結局、俺は夏休みが終わる日まで毎日大石の家に通うこととなった。
「大石ー、そろそろ休け……」
「さっき休んだばかりだろ、駄目だ」
俺が最後まで言い切る前に大石は俺の提案をすっぱりと切った。

このスパルタ!お前は教育ママか!青学の母じゃなくて青学の教育ママだお前なんか!
俺は心の中で毒づいて再び英語のワークに目を移した。
あーあ、どうして英語なんて勉強しなきゃいけないんだよ。俺は日本から出ないからいいよ!ていうかもし出たとしても大石に何とかしてもらうからいいよ!
大石は俺なんかには目もくれずに自分の勉強をしている。ちぇっ。

昨日なんかひどかった。読書感想文が書き終わるまで家には帰さないなんて言い出して、結局大石の家に泊まることになったのだ。
大石オススメの本は確かに読みやすく、テーマもしっかりしていて感想は書きやすかった。しかし、それでも夜まで作業は及び、布団に辿り着いたのが深夜の1時。にも関わらず、今日の朝は6時に起こされた。どうして夏休み最後の日にこんなに早く起きなきゃいけないんだよ、と大石を睨むと、
「いい朝だな、英二。さあ、今日も勉強頑張ろう」
なんてさわやかに言われて拍子抜けしてしまった。
大石も俺に付き合って夜遅くまで起きてたのに、なんて奴だ。


「集中切れてるぞ」
そんなことをつらつらと思いだしていたら、急に大石が言った。大石の奴、どうしてこっちを見ていないのにバレたんだ。
「……だって分っかんねーんだもん」
「どれ?」
大石は机の向かい側からこちらに来て、俺の手元のワークを覗き込む。
「これ」
「ああ、和訳か。ほら、このwhichが関係代名詞で、ここまでが一つの文節なんだ」
大石は文章をペンでなぞりながら熱心に俺に教えてくれる。
ああ、本当によくできた奴だよ、文句も言わないで人の勉強の世話をして。……自分だってやらなきゃいけないことがあるんだろうに。
「……英二、聞いてるのか」
「……ごめん」
俺が素直に謝ると、大石はため息をついてやっぱり休憩しようか、と提案してきた。
「いい……頑張る」
これ以上、大石に迷惑かけたくない。こいつとは、対等でいたいんだ。大石が頑張っているなら俺だって頑張らなきゃいけない。
「ごめん、今のところ、もう一回だけ教えて!」
大石は俺の言葉を聞いて、よし、と微笑み、また文をペンでなぞり始めた。


一度集中しだすと、宿題はみるみるうちに進んでいって、なんと夕飯の時間が来る前に全てが終わってしまった。
……自分でも信じられない。だってあんなにあったのに。
「流石、一度集中するとすごいな、英二は」
大石はそう言って新しく飲み物を持ってきてくれた。グラスに氷がいっぱい入ったアイスココアだ。
「頭使ったから甘いものがいいかなと思って」
「うん、ありがと」
俺はストローに口を付けると、一気に半分くらい飲んだ。甘さが、口の中に広がってちょっと幸せな気分。
「せっかくだから夕飯食べていけって母さんが言ってたよ」
「やったー!おばさんのご飯好きなんだー」
「よかった、母さんも喜ぶよ」

その日の晩御飯は、なんと俺の好きなエビフライだった。
もしかして、大石がおばさんに言っておいてくれたのだろうか。こういう気配りができるところは、本当にすごい奴だと感心してしまう。
大石のおじさんもおばさんも、俺のことをちっとも迷惑そうにせず優しくしてくれたし、俺のくだらない話を本当に楽しそうに聞いてくれた。
大石の妹ちゃんも、俺によく懐いてくれていて、とても可愛い。末っ子の俺にも妹ができたみたいな気分になる。
きっと、大石の人となりはこの優しくおだやかな人たちの中で培われたものなんだろう。
そう考えると、何だか心があたたかくなって、俺は一人でエビフライを大量に平らげてしまった。


俺を送っていけとおばさんが大石に言ったため、大石は自転車を引っ張り出してきた。
後ろに乗っけてくれるのかと思ったら、どうやら帰り道に乗って帰るだけのつもりらしい。大石は自転車を押して歩きだしてしまった。
まあ、いっか。何となく、大石とゆっくり話したい気分だし。
俺たちは、明日から学校嫌だなーとか、宿題が本当に終わってよかったなーとか、まったりと取り留めのない話をした。

別に、大石に送ってもらわなくても大丈夫だったんだ。俺男だし。それに、俺の家の常識ではまだ中学生でも出歩いておかしくない時間だった。大石家では遅い時間になるのかもしれないけど。
でも断らなかったのは、何となく大石と離れがたい気がしたからだ。この数日間、ずっと一緒にいたから、急にさよならは少し寂しいと思った。


俺の家の前に着くと、大石はまた学校でな、と言って自転車に跨った。
「何日も迷惑かけて、ごめんね。おかげで助かったよ、ありがと」
これだけは言っておかなくては。今回は本当に大石に助けられた。
……まあ、大石がいなかったら誰かに写させてもらったんだろうけど、自分の力でやるに越したことはない。
「いや、全然迷惑なんかじゃなかったよ」
大石が言う。
そうだろうか、十分迷惑だったと思うけど。俺はここ何日かのことをかえりみた。毎日毎日家へ押しかけては大石の勉強の邪魔をし、当たり前のようにごちそうになり、挙句の果てには着替えや新品のパンツまで借りることになった。……これは洗って返すけど。いや、パンツは返さないけど。

「俺もさ、急に一人で時間を潰さなきゃいけなくなって困ってたんだよ」
「この前までは一人でも勉強してたんでしょ」
「そうだけど、やっぱり一人って寂しいじゃないか。英二がいてくれてよかったよ」
「……大石でも、寂しいの?」
「そりゃあ、俺でも寂しいよ」
大石はちょっと笑った。
「そっか」
まあ、大石がそう言うんならそうなんだろう。じゃあ俺も、ちょっとは大石の役に立ったってことかな?
そうなら、嬉しいな。
俺はニッと笑うと、大石も俺に微笑んでくれた。

やっぱり、勉強のためとは言っても、俺も大石といるのは楽しかったし、ほっとした。
……明日からは、もうあんまり会えなくなるんだな。
そう思うと、何だかふいに寂しくなった。胸が詰まったような感じがした。
何で、こんなに寂しいと感じるのだろう?

……まあ、いいか。俺は深くは考えないことにした。その答えは気づいてはいけないことのように思えた。


「正直言うとさ、まだ、夏が終わったって感じがしないんだよな」
大石がぽつりと言う。
「まあ、まだ暑いしね」
俺は自分でも見当違いのことを言ってるな、と思った。
「でも、もう終わったんだ」
大石は一呼吸置いて、俺を見る。
「もう認めて、前に進まなきゃな」
そう言った大石の顔は、何かを決意したように、まっすぐだった。


その顔を見いた俺は突然、大石が俺をを置いてどんどん先へ進んでいってしまうような焦燥に駆られた。いや、本当に大石は俺を置いて違う高校へと進んでしまうのだ。


大石が、俺の隣からいなくなる。俺の知らない場所に行って、長い長い時間をそこで過ごして、かけがえのない思い出を作っていくんだ、俺以外の誰かと。
……俺は、そこにはいないんだ。

そのことが、急に俺の中で事実として刻み込まれた。
嫌だ、と思った。信じたくなかった。
胸がざわりとした。さっき覚えた焦りがどんどん広がっていって、身体中を支配する。どうしよう、どうしようと頭の中で繰り返すけど、もうどうしようもないことは分かっていた。


一体、この気持ちは何なんだ。
こんなにも大石を失いたくないと感じるのは、何故だ。
俺は自分に問いかけたが、本当はもう気づいていた。
……そうだよ、そうだったんだ。
まるで警鐘が鳴り響くみたいに、指の中をどくんどくんと血が巡っていくのを感じながら、俺は自認した。

じゃあ、おやすみ、と大石は背中を向けて帰っていった。
俺はその背中をただひらすら見つめながら、もう何も言えなかった。





そうだったんだ。
俺は大石のことが、好きなんだ。



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