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あなたならかまわない

いよいよ今日だ。


大石秀一郎は落ち着かない気持ちで自分の部屋の中を歩き回っていた。
枕元のティッシュの中身も十分ある、ゴムやローションも昨日恥を忍んで買いに行き、机の中に仕舞ってある。
行為の最中にわざわざ取りに行くのもムードがないような気がするが、最初からやる気満々ですみたいな感じで枕元に置いておくのはちょっとはばかられた。
それに一度ベッドを離れて冷静になることも必要だと大石は思った。なんせ、今日は英二がつらくないように始終優しくしなくてはならない。一人で暴走してしまわないためにも、少し離れたところに隠しておくのがベストだ。
 
そう、大石は今夜ついに、所謂お付き合いをしている相手、菊丸英二と初めて共に夜を迎える(予定)であった。
正確には、泊まって一緒に寝たことは今までも何度もある。つまり、今夜は初めて恋人同士のそういった行為に及ぶ(予定)なのだ。


大石が英二と付き合い始めてから早半年。お互いにそろそろ一線を越えたいと考えているのは何となく分かった。
中学最後の夏が終わってすぐ付き合い始めたものの、大石は「まだ中学生だしそういう行為はしない方が良い」と考えていたため、今まで我慢を続けてきた。しかも、英二は付き合ってからすぐに「ヤりたい」オーラをバンバン出してきたため、我慢も限界のところまできていた。

高校生になってからも、何となくチャンスに恵まれず、お互いに悶々とした気持ちを抱えていた。
しかし、大石たちは高校生になって初めて、絶好のチャンスを迎えることとなった。
 
大石の父親が知り合いから温泉宿のペア招待券を貰ったため、妹の分の料金を追加して、家族三人が今日から一泊旅行へ行くことになったのだ。
当初は二人分の料金を買い足して家族全員で行く予定であったのだが、土曜日の今日に練習があるということで、大石は一人残ることにした。
練習があるというのも事実であるが、それより「家に誰もいない」というシチュエーションしか彼の頭にはなかった。


これで英二と二人きりになれる!
自分たちは高校生になり、これ以上我慢する理由もない。(大石は「まだ高校生だけど」とは考えないことにした)
さっそく英二に、土曜の練習後に泊まりにこないか提案をした。
誰もいないんだけど、と付け足すと、英二は一瞬目を見開いた。しかし、すぐに真剣な表情で「分かった」と承諾してくれた。おそらく大石の言葉の意味するところを理解したはずだ。



英二は今日、部活が終わった後一度家に帰ってから大石宅に来ることになっている。
大石は帰宅してからすぐ、今日のセッティングを確認した。ティッシュの残り、ゴミ箱の位置、ゴムとローションがきちんとあるか(なくなるはずがないが、大石は不安で何度も机の中を覗いた)を確かめ、まず一安心。
そして大石は次に、「今日どうやって行為に持っていくか」の流れを考えた。実は昨夜も何通りも考えたのだが、流石心配性な大石、念には念を入れる。
しかし、あまり真剣に妄想をすると英二がやってくる前に困ったことになりそうなので、大石はすぐに考えるのを止めた。
 
大石は時計に目を向ける。
そろそろ英二が来るはずだ。
英二が来たらまずは夕飯だ。母親に今日英二が泊まりに来る旨を伝えると、二人で出前を取るようにとお金をくれた。(大石の母はもちろん彼らが今夜するであろう行為を全く知らない。大石は若干の申し訳なさを覚えた)
その後、それぞれ入浴し、大石の部屋でDVDを観ることになっている。DVDは恋愛モノにしようかとも思ったが、ベタ過ぎるかと考え直し、英二の好きそうなアクションコメディを選んだ。



ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。ついに、英二がやってきた。
大石は深呼吸をして、緊張を解す。


大丈夫だ、男同士のやり方もしっかり勉強したし、準備するものも何度も確認した。妄想、もといシミュレーションだって何度もした。いける、いけるぞ、俺。


意を決して玄関のドアを開けに行くと、英二はいつもと違い、やけに大人しく「お邪魔します」と家の中に入ってきた。おそらく、彼も緊張しているのだろう。そんな彼もカワイイと思い、大石はニヤけそうになるのをぐっと堪えた。
しかし、出前はどうしようかと英二にチラシを見せたところ、一転していつもの英二に戻った。色んな店を見比べ、とても楽しそうである。そんな英二の様子に大石もほっとする。
最近英二が食べていないということで、今日の夕飯はピザに決まった。エビマヨとてりやきチキンのハーフ&ハーフのピザを食べつつ(どちらも英二が決めた)、人気の芸人が多く出ているバラエティを二人で見る。
ここまでは二人とも、いつもとなんら変わらない様子だ。
しかし、夕飯を食べ終わった後、
「英二、お風呂沸かしたから先に入ってきていいよ」
と大石が言うと、英二は一瞬はっとした表情を見せた。
「う、うんありがと。じゃあお先にお風呂いただきまーす」
英二はぎこちなく笑い、そそくさと風呂場の方へ行く。
そうだ、今から俺たちはあんなコトやこんなコトをする(予定)だ。風呂に入ることで自然とそれらを思い出してしまう。
英二が風呂からあがったので先に自室へ行かせ、大石もまた風呂場へ向かう。
今日は念入りに洗っておこう、なんて考えながら。

大石が自室へ戻ると、英二は「早くDVD観よーよー!」と騒いだ。どうやら無理に明るくふるまって緊張を隠しているらしい。
やっぱりアクションで良かったかもしれないな。
二人ともこんな状態で恋愛モノを観てしまったら、変な雰囲気になったかもしれない。
現に英二はテレビに齧りついて、夢中になって観ている。緊張しているかと思えば、すぐに忘れたようにころころ表情が変わる。
主人公が敵に囲まれた時はハラハラしたように手をぎゅっと握り、ヒロインにあっけなく振られたところでは声を出して笑う。
そんなところが、やっぱりカワイイ。
いつしか映画はクライマックスを迎え、相手のボスを倒し、ヒロインとの熱い抱擁を交わしたところでエンドロールに入った。
 
 
いよいよ、か。

大石は英二をちらりと見やった。
英二は先程あんなに輝かせていた大きな瞳を揺らがせて、俯瞰していた。
「英二」
名前を呼ぶ。
英二が顔を上げて、大石に軽く微笑んだ。
どちらからともなく唇を寄せ合い、軽くついばむ。大石の胸が否応にも高鳴っていく。
「ね、ベッド行こうよ」
英二から大石を誘う。
二人は無言で立ちあがり、ベッドまで行くと抱き合うようにして倒れこんだ。

ああ、いよいよ英二をこの手で抱ける時が来たんだ。
大石は英二の肩に手をやり、優しく英二を横たわらせた。
その時、英二が驚いて目を見開いた。
大石はそのまま英二に覆いかぶさり口づけをしようとする……が、英二に肩を押し返される。
「ちょちょちょ、ちょっと待ったー!」



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