3




え?誰?まさか泥棒さん?
「ただいまー」
いや、この声には聞き覚えがある。テニス部で、よく部員の前で今日の予定を説明し、指示を出していた声。でも今日は帰ってこないって英二先輩が行っていたような……。じゃあ今度こそ幻聴?
俺が恐る恐る振り返ると、相手も驚いた顔で俺を見ていた。間違えるはずもないあの髪型!大石先輩だ!
「幻聴じゃなかった!」
「え?」
「いやすいませんこっちの話っす!」
大石先輩は、茫然とした顔でこちらを見つめたままだった。
 




ベッドに転がっている英二先輩、ベッドに片足を乗っけて英二先輩の肩に手を掛けている俺。





……この状況は非常にまずい!

「わー!この状況はつまり、えっとその、英二先輩がつぶれちゃって、布団も掛けないで寝ちゃったのでその、風邪なんかひいたら大変だなーと思って、何とか布団を被せなきゃって思ったんすけど、いや、そもそも俺がここにいるのはバッタリ英二先輩に会って、無理やり連れてこられたというか、奢りだから付いてきたというか……」
「あ、それは英二からさっきメールもらったよ。そっか、そういうことだったんだな」
大石先輩はほっとしたような顔をして微笑んだ。どうやら誤解は解けたようだ。ほんっとに良かった。

「なんだか英二が迷惑かけたみたいでごめんな」
「いえいえ、大丈夫っすよ」
「そういうことならとりあえず英二を何とかしないとな」
「あ、そうですねじゃあ……」
「いや、これ以上迷惑かけられないよ。悪かったな、桃。向こうでゆっくりしてくれてていいよ」
「そ、そうですか?じゃあ、テーブル片しておきますね!」
「そうか、ありがとな」
そそくさと部屋から出て俺は急いでテーブルの空き缶を集めだす。
 


あー冷や冷やした!どうして俺がこんな旦那と遭遇した間男みたいな気分にならなきゃいけないんだ!てゆーか何で大石先輩がいるんだ?
「あ、缶は一回洗うから置いといていいよ」
部屋から出てきた大石先輩が俺に言う。ゴミ出しも決まりを守ってきちんとしているようだ。さすが元・青学の母。
「そうなんですか。すいません」
「いや、片づけてくれてありがとう」
「大石先輩は、……今日、オールって聞いてたんすけど……」
「うん、せっかく桃が来てくれたから俺も会おうかと思って」
「そんな、わざわざありがとうございました」
「それに英二が迷惑かけたらまずいと思ったしな。ちょっと遅かったみたいだけど」
そう言って照れたように頬をかいた先輩を見て、多分そっちが本音だろうな、と俺は確信した。
……しかも、俺に申し訳ないっていうよりも、英二先輩の世話を他の奴にさせたくないっていう意味に違いない。

「そういえば、何で英二は俺の部屋で寝ちゃったんだろう」
「あー、それは……」
言えない、俺の口からはとても。
「桃には俺のベッドで寝てもらおうかと思ってたのに。ソファでもいいかな?桃」
「はい全然大丈夫っす!」
「せっかく来てもらったのにソファで寝てもらうなんて申し訳ないな……」

申し訳なんて言いつつも、大石先輩の頭の中に俺が英二先輩のベッドで寝るという選択肢はハナからないようである。俺も「英二先輩のベッド空いてるじゃないっすか」なんてヤボなことは言わない。
さっきの英二先輩の言葉が頭の中をよぎる。





――――――恋人のベッドに他の奴なんか寝かせない





ブルータス、お前もか……じゃない、大石先輩、お前もか。しかも、無意識。
ああ、本当にごちそうさまです。……何だかいたたまれない気持ちになってきた。何でここに来ちゃったんだろう。
「英二寝ちゃったけど、どうしようか。桃はもう寝る?」
「いや、俺用事思い出しちゃって、はは。か、帰らせていただきます!」
「え?」
「お邪魔しましたあ!」

鞄を引っ掴んでスニーカーを履いて急いでドアを出る。後ろで大石先輩が何か言っていたけどもうこんな所にいられるか!
しかしもう終電はとっくに出てしまっている。どうしよう。ていうか本当に何で来たんだろう、俺。
「はあ、漫喫でも行くか……」
精神的にひどく疲れたような気がして、俺はとぼとぼと歩きだした。
……二人の愛の巣に踏み入れた俺の自業自得ってことか。俺は今日一つ賢くなった。ジェンダーフリーの知識なんかよりも俺にとっては役に立つ。







その夜、愛の巣のベッドが結局一つ余っていたなんていう事実は、俺は知るよしもなかった。



prev next

 

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -