チョコミントの記憶




チョコミントの記憶


俺の家の冷凍庫には、バニラにイチゴにチョコにソーダ、様々な味のアイスクリームが揃っている。
それは半分は甘いものが好きな妹のため。
そしてもう半分は、俺の部屋のこたつで今日はチョコミントのアイスを御所望の、あいつのため。

部屋へ戻ると、英二がすぐさま嬉しそうに振り向いた。
「おかえり!」
目は口ほどに物を言う、なんて言うけれど、英二の目は早くその手にあるものを渡してくれと訴えているように、蘭々と輝いている。そのまっすぐな姿が微笑ましい。
だけど、そうやって笑えばきっと英二は子ども扱いするなとむくれるから、余計なことは言わないままで、
「はい」
とだけ言って、アイスとスプーンを手渡した。
「サンキュー、大石!」

でも、今度はむくれさせるのもいいかもしれない。
アイスの蓋を開けて、早くも一口目のチョコミントを頬張る英二を見ながら、俺はこっそりそんなことを考える。
むくれたままアイスを口に頬張るけれど、その甘さに一瞬にして頬がゆるみ目が細められるであろう英二の一挙一動を、間近で見つめるのもいいかもしれない、なんて。


「んー、おいしい!」
ほころぶような笑顔で英二が言った。
俺も自分のバニラアイスを口へと運ぶと、甘さと冷たさが口の中に広がった。
「こたつでアイスって冬の醍醐味だよな」
「そうかな?」
俺は英二と一緒じゃないと、わざわざ冬にアイスは食べないけど。現に俺の指先は、アイスのせいで少し冷たい。
英二はスプーンでチョコミントをつつきながら続ける。
「うん!あとは、こたつでみかん!」
あ、それは分かるかな。俺は頷く。
「それにこたつでお鍋!」
それは俺の部屋ではできないな、残念。
「うーん、あとはねー……」
「あとは?」
スプーンをくわえたまま考え込んだ英二の表情が、何かを思いついたようにぱっと明るくなる。
「こたつで、大石!」
予想外の答えに、俺は思わず目を見張る。
「何だい、それ?」

――こたつで俺を食べちゃうのか?

そう尋ねそうになって、慌てて俺は口を噤んだ。
こたつで俺を食べる。その意味することに気づき、顔がかっと熱くなる。
もしそんな直接的な言葉を口にしたら、一体どうなるか。
予想外に直球な俺の返事に、英二が恥ずかしそうに俯いたら……。
もしくは、「その通りー!」などと調子に乗ってキスでも仕掛けてこられたら……。
どっちにしろ、アイスが溶けてしまう展開になりかねない。アイスが全て食べられなかったとしゅんとする英二の顔が脳裏に浮かぶ。
英二にそんな顔はさせられない。
俺は必死に、今思い浮かんだことを頭の中から追い出そうとした。しかし、
「こたつで大石と一緒にいるのが、一番好き」
とまた思いもよらないような、そしてかわいい英二の言葉を聞いて、俺は更なる自制心を強いられることとなった。


「ねえねえ、大石のも一口ちょうだい!」
突然、英二があんぐりと口を開け、その口の中を指さした。
聞かなくても分かる。……食べさせろ、だ。
ああ、今さっき必死に我慢した、人の気も知らないで。
英二は末っ子だからか、それが当たり前のように、極々自然に人に甘える。
その覗き込むような瞳と子どもみたいな表情が、たまらなく愛しくて、少しばかり。
……ほんの少しばかり、憎らしい。
「だめー?」
焦れた英二が、甘えた声で尋ねてくる。全く、俺が駄目なんて言わないって分かってるくせに。
「駄目じゃないよ。……はい、どうぞ」
英二の口へとアイスを乗せたスプーンを運ぶ。ん、と閉じた英二の口から、滑らせるようにスプーンを抜く。英二の喉が動き、バニラを飲み込むのをそっと目で追う。先程浮かんだほんの少しの憎らしさが、ちりちりと、ほんの少しの欲望へと変化していく。
きっと英二は俺がこんないびつな感情を抱いているなんて、露とも知らないだろう。
「あんがと!大石も俺の一口いる?」
と、チョコミントを乗せたスプーンを差し出し、覗き込む笑顔は純真そのもので、少し申し訳ない気持ちになる。

……ごめん、英二。
英二はそのままでいいのにな。
心の中で謝って、俺は英二へと笑顔を向けた。
「いや、俺はいいよ」
「そう?」
「うん、少し苦手なんだ。チョコミント」
「そうなの?」
英二が目を丸くして、意外そうな声を出す。
「すーっとする感じが、……何だか歯磨きを思い出しちゃって」
「そのすーっとするのがいいのに!」
すーっと、と強調して、えらく残念そうに英二が言った。
「はは、英二は歯磨きも好きだもんな」
「そうそう。ふーん、そうなんだ。大石はチョコミント駄目なんだ」
英二は妙に神妙そうな様子で、ぽつりと呟いた。


「あ、そうだ!大石!」
再びアイスをつつき始めた英二が、何やら思いついたようで急に声を上げる。
「……何、かな?」
嫌な予感しかしないんだけど。
こういう時の英二は大抵ロクなことをしない。俺は経験上身にしみて分かっている。
またどうせ、無理やり食べて克服しようとか、チョコを食べながら歯磨きしてみたら慣れるんじゃないかとか、突拍子もないことを言うんだろう。
そんなことを考えていたら、突然目の前に英二の顔が現れた。
「うわっ……んっ!」
そして、やわらかいものが唇に触れる。英二の唇だ。
突然のキスに驚く暇もなく、英二の舌が俺の唇をこじ開け口内へと侵入する。今日はまたずいぶん性急だ。のしかかってくる英二を受け止めながら、口の中にふわりとミントが香るのを感じた。
「どう?大石」
あっさりと唇を話した英二が、いたずらっぽくにっと笑って見つめてくる。
「どうって……」
びっくりしたよ、と言おうとしたその時、英二が続けて口を開いた。
「これで、これからはチョコミントは『歯磨きみたい』じゃなくて、『俺とのキスみたい』になるんじゃない?」
「なっ」
「それとも……」
俺の耳に唇を寄せて、英二がささやく。
――もっとイイもん思い出せるようにしちゃう?


ああ、今さっき必死に我慢した、人の気も知らないで。
でも英二がその気なら仕方ない。不本意だけども仕方ない。
早速、アイスで冷えた指先を英二にあたためてもらおう。
そう英二の身体を抱きしめようと腕を伸ばした……ところで、いきなり俺の出鼻は挫かれる。
「あ、でもまずアイス食い終わってからね」
そして、英二はぱっと俺から離れて、再びチョコミントを食べ始める。

……やっぱりロクなことにならなかった。
英二に悟られないようにこっそりため息をついて、俺も急いでスプーンを口に運ぶ。
まずは一刻も早くアイスを食べなければ!



チョコミントが素敵な思い出に変わるまで、きっとあともう少し。



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