「好きだよ」



例えばその微笑んだ瞳から、その優しく触れる掌から、俺を呼ぶ声から。






「好きだよ」




放課後の部室で、大石と二人きり。
ふいに、部誌に取り掛かる大石の意識を、俺へと向けたくなる。
「大石ー」
「どうした、英二?」
「……好き」

俺がそう言うと、大石は驚いたような顔をして、顔がほんのり赤くなる。それで、暫くの後、
「……俺もだよ」
と俯いてもごもご呟く。
大体これがいつものパターン。

「俺も、じゃなくてさあ……」
俺は口を尖らせる。
どうして分かってくんないんだ。
そうやって文句を言いたいけど、大石が曖昧に、困ったように笑うから、俺もそこで言葉を止める。
このやりとりも、何度目になるか分からない。


大石と付き合い始めて二ヶ月がたった。
告白したのは俺。
恋とかよく分かんなかったけど、ただ大石の一番になれたらいいなって思った。
「俺、大石のこと好きかも」
って言ったら、あの時も大石は驚いたような顔をして、ほんのりと頬を赤く染めた。そして一言。
「俺も、そうかも」
そう言われて、胸がぽっとあたたかくなった。嬉しいんだと気づいた。
だから、次はこう言ってみた。
「じゃあ、付き合う?」
「うん」
大石が頷いて、その日一緒に帰ることになった。
何を話していいか分からなくて、大石も何も言わないもんだから、二人でいるのにずっと無言だった。
でも嫌な感じじゃなくて、なんだろう。胸がうずうずするような、くすぐったい感じがした。
でも、これからもこんな風にしーんとなったら嫌だな。もう大石と楽しく喋れなかったらどうしよう。もしかしたら告白しない方が良かったかもしれない。
ちょっとだけ思ったけど、次の日、大石がいつもみたいにおはようと言ってくれたから、俺もおはようと返して、いつも通りになった。


それからも、俺たちの関係は特には変わらなかった。
ただなんとなく、二人で一緒に帰りながらきれいな夕陽を見た時とか、急に胸がきゅうっとした。
そんな時は、告白した時と同じように、
「俺、大石のこと好きかも」
と言った。大石も、
「俺も、そうかも」
と返した。

そしていつの間にか、俺の言葉からは「かも」が消えて、「好き」になった。



大石は、まだはっきりと俺にその言葉をくれたことはなかった。
でも、別に大石の気持ちを疑っている訳じゃない。
例えばその微笑んだ瞳から、その優しく触れる掌から、俺を呼ぶ声から、大石の気持ちは伝わってくるんだ。
……でも、もうそんなんじゃ足りない。全然足りない。
いっぺんでいいから、大石の声で、あの言葉を聞いてみたいのに。


どうして分かってくんないんだ。いや、どうして分かってるくせに、言ってくれないんだ。
「あーあ、大石って本当ダメ男だよなー」
ため息をつく。
大石の仕事が終わったようなので、荷物を持ち上げて、さっさと歩き始める。ちょっと拗ねてやる。
「……自分でもそう思うよ」
後ろからついてきた大石がぽつりと言った。
その声が本当に申し訳なさそうだから、なんだか俺も罰が悪くなる。
「まぁ、別にいいよ」
好きって簡単に言えないくらい、どこまでも真面目で、照れ屋で、頭いいのに要領が悪い。
でも悔しいけど、
「そういうとこが好きなんだから」
さすがにちょっぴり恥ずかしくて、小さな声で付け足した。


突然、俺の右腕が引かれ、よろめいて、倒れ込んだ。大石に。
抱きしめられたんだと気づいて、耳がかっと熱くなったのを感じた。


そして届いた、その言葉。




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