冷たいキス



冷たいキス

「あーつーいー」
英二は大石の部屋に寝ころびながら、気だるそうに呟いた。
夏休みに入り、大石と英二の所属するテニス部は、大会に向けて毎日のように練習を行っていた。その中でも今日は珍しく練習のないオフ日ということで、英二は宿題を見せてもらおうと大石の家を訪れていた。
もちろん、大石がそんなことを許すはずがなく、時々教えてもらうという形で一緒に勉強することになったのだが。

「ねーねー大石、クーラーつけよ。俺暑くて溶けちゃう」
英二は甘えたような声で大石に願い出た。大石は自分が甘えるのに弱いと知っているのだ。
「そんなに暑いのか?」
しかし、大石はその願いに不思議そうに小首を傾げただけだった。
確かに暑いものの、大石にとってはクーラーを入れようと思うほど暑くはなかった。
「暑い!超暑い!」
今度は強く訴えてみた。
だけど大石は煮え切らない様子で考え込んだ後、
「うーん、……まだ午前中だし、もう少し我慢しないか?」
と、英二を諭した。

ちぇ、せっかくかわいい恋人がおねだりしてんのにさ。
英二はむくれるが、部屋の主は大石だ。従うしかない。仕方ないと、起きあがって宿題に取りかかる。そして、
「あーあ、図書館に行けば良かった」
と、後悔したような声で大げさに言ったが、
「英二はうるさいから駄目」
と、また一蹴されてしまった。


それから英二のやる気はすこぶる落ちていた。文字を書くのも、消しゴムを取り出して間違いを消すのものろのろとした様子で、明らかにだるそうだ。そんな英二の様子を見て、大石は少し可哀想に感じた。
……やっぱりクーラーを入れてやろうか。
そうは思うが、クーラーに慣れすぎてしまうのも身体には良くないのだ。明日からまた炎天下の中練習がある。温度差のせいで、英二が体調を崩してしまっても大変だ。
どうしたものかと悩んだ大石は、少し考えた後、おもむろに立ち上がり部屋を出ていった。


大石が出ていくのには何も反応をしなかった英二だが、帰ってきた大石が持つものを見た途端、嬉しそうに顔をあげた。
氷の入った、グラスたっぷりの麦茶だ。大石は、冷たいものでも飲めば体温も下がるかと考えたのだった。
「ほら、英二」
大石が差し出したグラスを受け取ると、英二は、
「サンキュー!さすが大石」
と言い、あっと言う間に飲み干してしまった。よほど暑かったのだろう。
「あー生き返った」
英二はグラスに残った氷を口に含むと、さっきとは打って変わって元気そうに宿題をやり始めた。
大石はその様子を見てほっとして、自分も麦茶を口にした。
午後からは更に暑くなるだろうから、そうしたらクーラーを入れてやろう。英二、きっと喜ぶだろうな。
そう考えながら、半分ほど麦茶を残したグラスをテーブルへ戻し、宿題を再開した。


しばらくすると、英二がふいに大石の方へと近づいてきた。
「どうした?何か分からないところでもあったのか?」
大石はそう言いながら顔を上げる。すると、英二はいきなりキスを仕掛けてきた。
突然のことに驚く大石の咥内へと、英二は舌をしのばせる。先程まで氷を含んでいたためか、英二の舌は冷たく、心地よかった。
英二は大石の舌を積極的に追う。その姿に煽られ、大石も負けじと英二の舌を撫でた。意識の外で、途中で大石の麦茶の中の氷がからんと鳴るのが聞こえた。

いつの間にかお互い夢中になっていて、気づけば咥内の冷たさもすっかりぬるくなっていた。
ようやく終わったキスの後、大石が尋ねる。
「一体どうしたんだ、いきなり」
その質問に英二はにこりと笑った。
「大石にも、冷たいのお裾分け!」



まさか自分まで暑くなってしまった、なんて言えるはずもなく、大石は、
「そりゃ、どうもありがとう」
とだけ言うと、クーラーをつけるために立ち上がった。



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