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「大石。去年も一昨年も雨だったの、覚えてる?」
暫くの沈黙の後、英二が言った。その声はやけに寂しげで、ちっぽけで、雨の音にかき消されてしまいそうなほどだった。
「え?……そう、だったか。あまりはっきり覚えてなくて」
何となく、毎年雨が降っているような気はするけれど。
「そうだったんだよ。もうこれで三回連続の『さいるいう』って訳」
「うん……」
英二の言わんとしていることが分からなくて、俺は曖昧に返事をする。
「二人はもう三年も会えなくて、また更に一年待たなきゃいけないんだよ」
ああ、だからそんなに寂しそうにしてたのか。英二の寂しげな声の理由を理解する。
「まあ英二、それはお伽話だから……」
「俺だったら、もしかして忘れちゃうかもしれない」
宥めようとした俺を、英二の声が遮った。


「もしかして大石のこと、忘れちゃうかもしれない」

衝撃的なことを言われ、俺は思わず言葉を失った。
英二は続ける。
「三年も会えなくて、またもう一年待つなんて、できない……かもしれない。だって大石と出会ってから今までよりも、ずっとずっと長い時間会えないなんて、考えられない。俺飽きっぽいし、気まぐれだし、もしかしたら忘れちゃうかも。分かんない」

震えた声で言い終えると、英二は俯いてしまった。
「大石のこと忘れたいとかじゃないよ。俺だってそんなのやだよ!でも……」
駄目だ、英二が泣いてしまう。咄嗟にそう思った。
「もういいよ、英二。分かったから」
そう言って、強く英二の手を握った。英二がはっとしたように、俺の方を見る。
「大丈夫だから」
自分のことを忘れるかもなんて、恋人から言われたら傷ついてしまいそうな台詞だ。でも悲しくはなかった。俺も英二の気持ちが分かったから。


ずっと相手のことを思い続けるなんて、口に出すのは簡単だけど。そうでありたいと願うけれど。
でも、俺たちの目の前には途方もなく長い年月が立ち塞がっていて、それが決して平坦な道のりではないことも分かっていた。特に英二と――同性の恋人と歩んでいくのなら尚更だ。
俺はずっと英二のことを愛していけるのか。
そりゃあそうだ。――でも、本当に?
ずっと会えなかったとしたら、忘れないでいられるのだろうか。
当たり前だ。――でも、手の届きそうな幸せに、つい手を伸ばしてしまうのではないか?
……俺だって分からない。

でも、それでも英二に伝えたいことがあった。もう一度、繋いだ手をぎゅっと強く握り直す。



「俺はずっと、隣にいるよ」

それはまるで、夢見がちな子どもみたいな、らしくない言葉だった。でも、今の英二の隣にいるのならちょうどいいと思った。
英二がどうしようもない現実を怖れているなら、その時は俺がいくらでも夢を見てやる。ただひたすらに未来を信じる。
子どもみたいにがむしゃらに、今の言葉を守り通すよ。

「ずっと?」
「うん、ずっと」
英二の問いかけに強く頷く。大丈夫だよ、と伝わるように、強く。

「ずっとずっと?」
「ずっとずっと」

「ずっとずっとずっとずーっと?」
「ずっとずっとずっとずーっと!」


鸚鵡返しと、むきになったような口調が自分でもおかしくて、英二もきっと同じように感じていて、俺たちは同時に笑い出した。

英二は一頻り笑った後、俺を見つめた。
いつもの英二がそこにいた。
「俺の方こそ、ずっとずっとずっとずっとずーっと、大石の隣にいてやるよ」
「そうか、そりゃ大変」
それに安心して、軽口を返す。
「なんだよそれ!感謝しろよ」
「してるって」
「……本当かな〜?」
英二が拗ねたようにむくれる。
少し意地が悪かった、かな?
英二に心の中でごめんと謝って、本当の気持ちを伝える。
「本当に本当に本当に本当!」

その言葉を聞いた英二が、少し照れたような顔ではにかんだ。そして、もじもじとした様子で黙り込んだ後、いきなり言い出した。
「やっぱりさー、誰のものか分からないものを勝手に借りて行っちゃダメだと思うんだよね」
英二は部室へと入っていき、手にしていたビニール傘を部室の例の一角へと放り投げる。そして、
「あ、コラ……」
と咎める俺を無視して、するりと俺の隣へ戻ってきた。
「ほら、とっとと鍵閉めて!」
そう言いながら俺から折りたたみ傘を奪い取り、広げ始めた。

傘に入れてくれ……ということだろうか。
甘えてくれるのは嬉しいのだが、物を乱暴に扱うのはどうなんだ、と少し訝しげに思う。が、すぐに苦笑する。

……まあ、いいか。せっかくの七夕なんだから、英二を咎めるのは止めておこう。
鍵を閉め、少し屈んで英二の差した傘に入る。そして、先程伝えた言葉を、心の中でもう一度だけ呟いた。



俺はずっと、隣にいるよ。





忘れる暇もないくらい





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