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「あーあ、降ってきちゃったね」
練習後、部誌を書く俺を待っていた英二がふと呟いた。俺はその呟きに一旦手を止め、窓の外を見る。練習中、雲行きが怪しいと思っていたが、とうとう降りだしたようだ。
「練習中に降らなくて良かったな」
「うん。もう関東大会まで時間がないしね」
ああ、と返事をして、俺は視線を再び手元に戻し、部誌を書き始めた。そこで、一つ心配事が心に浮かびあがった。
「英二傘は?大丈夫?」
「んー、持ってないけど、部室に誰かの置き傘があるんじゃない?大石は?」
「俺は折りたたみ傘持ってきたから」
「おー、さっすが大石!」
「……また天気予報見てなかったのか」
今日は夜から降るかもしれないと言ってただろう、と続けようとしたところで、英二は苦い顔をして、
「だから家の朝は戦場なんだよ!ゆっくりテレビ見る暇なんてないっての!」
と言いながら素早く立ち上がり、部室の中の、いらないものをまとめてある一角を物色し始めた。
何せ部員が多いもので、――そして、几帳面な部員などほとんどいないもので、部室は必然的に私物で溢れかえり、散らかってしまう。
……この前整頓したばかりなのにな、と俺は深くため息をつく。
「あ、あったあった!ビニ傘だから借りても大丈夫だよねー」
と、俺の気も知らずはしゃぐ英二に相槌を打ち、俺は早く部誌を終わらせてしまおうと再びペンを走らせた。

「いつも悪いな、待たせて」
「いいってことよ!」
仕事が全て終わった後、待たせてしまったことを謝ると、英二は明るく俺に笑顔を見せた。
「俺が待ちたくて待ってるんだしね」
その言葉に、思わず口元が緩みそうになる。
俺が最後まで部室に残り副部長の仕事を終えるのを、英二はいつも待っていてくれる。忙しくてなかなか二人の時間がとれないため、こんな少しの時間でも俺にとってはとても大切だった。英二も同じように思っていてくれているのだろうか。
「……ありがとう」
「うん!帰ろうか、大石」
そうだと、いいな。


帰り支度を終え、さあ帰ろうと部室のドアを開くと、相変わらず雨は降り続いていた。
「あーあ、せっかくの七夕なのに」
それを見た英二が残念そうに呟く。
そう、今日は七月七日、七夕だった。
ただの平日で学校も部活もあるため、あまり自分たちには関係なく思える日だが、誰が持ってきたのか部室には作り物の笹が飾ってあった。
短冊もきちんと用意されており、自由に書いていいとの事だったので、英二や桃、一年生たち(越前を除いて)は、率先して願い事を飾っていた。
他の部員たちも、せっかくだからとそれぞれ願い事を書いた。
全国大会出場、そして全国ナンバーワンダブルス。
絶対に叶えたい二つの願いを、俺もまた飾った。……叶えたい、いや、叶えなくちゃいけないんだ。

「ん?大石どしたの?」
黙り込んでしまった俺に、英二が不思議そうな顔をする。
「悪い悪い、ちょっと、ね」
少し考え込んでしまったが、あまり思いつめてもいけない。気分を変えようと、俺は七夕に関して思い出した話を始める。
「英二。七夕に降る雨のこと、何て言うか知ってるか?」
「七夕の雨〜?知らないよ、そんなの」
「催涙雨……って、言うんだそうだ」
「さいるいう?」


織姫と彦星は年に一度、この七夕の日に会えることになってるよな。
だけど、七夕に雨が降ると、天の川が氾濫して渡れなくなってしまうんだ。
七夕に降る雨は、愛しい人に会えなくなってしまった悲しみに、織姫と彦星が流す涙、なんだそうだ。

英二は珍しく静かに話に聞き入っていた。そして話が終わると、そのまま雨の落ちてくる黒い雲を見上げた。
「会えなくなった織姫と彦星の涙……か」
そうぽつりと呟くと、英二はそのまま何も言わずに空を眺め続けた。
英二は何でも理屈で考える自分と違い、感覚的に生きている節がある。そこがたまに羨ましくて、そしてとても好ましい一面だと思う。
きっと、今は織姫と彦星の流す涙に思いを馳せているのだろうな。
そう考えた俺は、英二と一緒に空を見上げて、英二の気が済むまで待つことにした。



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