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あなたの好きな人

「さあ大石くん!今日の成果を見せてもらおうじゃないか」
俺が帰宅して開口一番、おかえりも言わずに英二がおどけて言った。
一体何のことだ?
……と、とぼけるほど俺も馬鹿じゃない。俺は観念してソファに座る英二の隣に腰を下ろし、鞄を開けて英二の御所望のものをテーブルに並べ始めた。
リボンのかけられたもの、色鮮やかな包み紙で飾られたもの、手作りのもの、市販の袋詰めのもの……これは、言うまでもなく義理だろう。
そう、今日はバレンタインデーだったのだ。

「ひい、ふう、みい、……ふーん、今年は12個ね。昔より減ったんじゃない?」
今の時代にひい、ふう、みいなどと実際に数える人はいないんじゃないかと思ったが、今英二の機嫌を損ねるのは怖いので黙っておく。英二も多分ふざけてそう言っているだけだろう。だって「みい」までしか言っていないし。
「うん。まあ……ね」
英二は俺の涙ぐましい努力を知らない。
バレンタインに向けて、俺は一カ月間ほど周囲にさりげなく恋人の存在を匂わす発言を繰り返した。深く探りを入れられると困るので、飽くまでさりげなく、だ。この加減が難しい。加えて、甘いものがあまり好きではないとも言ってきた。同僚から「そうだったけ?」なんて聞かれて、「はは、歳のせいかな……」と苦しい言い訳をしたこともある。


それもこれも、発端は中学3年生の時のバレンタインだった。
当時付き合い始めてばかりの俺たちは、テニス部で全国大会に行ったということで学校内ではそこそこの有名人だった。また、卒業間際ということもあり、これがラストチャンスだと多くの女の子からチョコを渡された。
英二と付き合っていたし、英二のことはもちろん好きだった。でも、バレンタインの時には英二のことを特に気にしてはいなかった。きっと、『女の子のイベント』というイメージが強かったせいだと思う。
英二は誰からもチョコを受け取らなかった。『好きな人がいるから全部断ったらしい』とその日の終わりに噂を聞いた。一方、俺の元には大量のチョコレート。
英二はそのことにものすごく怒った。テニスのこと以外で、英二と初めて喧嘩をした。でも何よりつらかったのは、英二が哀しそうな目を見せたことだった。
『俺がいるのにどうして?』
そう語っているようだった。その目を見た途端、英二をもう悲しませたくないと強く感じた。
そして、それから今年に至るまで、俺は誰からもチョコを受け取らなかった。特別に、妹からのものだけはきちんと受け取って、英二と一緒に食べることになった。
しかし、今年は社会人1年目。普段仕事でお世話になっている人からのものは断り切れず、12個ものチョコレートを持ち帰ることになってしまったのだ。


恐る恐る、英二の様子を窺ってみる。
英二はチョコをそれぞれ手に取りながら、「これ美味しそう!」とか「え!これすっごく高いやつじゃん」なんて言いながらはしゃいでいる。
その楽しそうな様子に俺は拍子抜けした。皮肉を言っているのかと一瞬思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。
「あー、これ絶対本命だよ。モテる男は大変だねぇ、大石」
「英二」
「ん?なに?」
意を決して、話を切り出す。
「その……嫌じゃないのか?」
「何が?」
英二がきょとんとする。
「だから……チョコレート」
その言葉を聞いた英二はぽかんとしたが、暫くの後、思い至ったのか「ああ!」と声を上げて笑いだした。
先程からの英二の反応が読めなくて、今度は俺がぽかんとする。
「そうか。大石まだ気にしてくれてたんだな、ごめんごめん」
どうやら、英二は俺の言っている意味を理解したようだ。英二はチョコを一つ手に取り、また口を開く。
「大石はさ、格好いいし、仕事できる期待のルーキーだし、優しいし、そりゃあモテるよね」
いきなりそんなことを言われて驚いた。
「そんなこと……」
「あるよ!」
そんなことはないと思う。英二は俺を過大評価しすぎだ。そもそも、英二の方が格好いいし、可愛いし、料理もできるし、明るくていつも元気をくれるような存在なんだ。

けれども、英二がそう思ってくれているということは、俺を嬉しいようなくすぐったいような気持ちにさせた。

「だけどさ……そんなモテモテな大石くんの好きな人って、誰?」
英二がいたずらっぽく微笑んだ。そんなの決まっている。ずっと昔から変わらないんだから。
「……英二に決まってるだろ」
その途端、英二の顔が満面の笑みを浮かべた。
言わされたみたいで少し負けたような気になったけど、英二の満足そうに笑う顔を見たら、そんなことはどうでもよくなってしまった。
そっと、英二の唇に自分のそれを近付ける。
舌を英二の口内へと伸ばすと、ふわりと馴染みのある甘さがした。
「……チョコの味がする」
「うん。俺も貰ったからさっき食べてたんだ」
英二がごみ箱を指さす。赤い包装紙が突っ込まれているのが見えた。その隣に、何やら箱のたくさん入った紙袋も見えた。
「なんだ、英二だってモテモテじゃないか」
「あれ?大石やきもち?」
英二が面白そうに俺の顔を覗いた。
「しないよ。だってモテモテの英二くんの好きな人は、俺だろう?」
肯定の返事を期待して、英二を見た。
しかし、英二は考え事をしているような顔をした後、いたずらを思いついた子どもみたいな顔になった。反射的に嫌な予感がした。……こういう時の英二はロクなことをしない。
英二はそのいたずらっぽい顔のまま、口を開いた。
「それはどうかなー?」
ふーん、なるほど。そう来たか。
人に言わせておいて、自分は言わないつもりだ。
英二はニヤニヤ笑って俺の出方を窺っている。


意地でも、言わせてやる。
心の中でこっそりそう思いながら、キスを仕掛け、英二の身体をゆっくりと横たえた。



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