となりのサンタクロース




十二月も終わりにさしかかった、ある日のことだった。

「妹がまだサンタを信じているから、隠すのが大変なんだ。」
朝練の始まる前、着替えをしながら右隣にいた乾にそう言うと、逆側の方から、ばさりと何かが落ちる音がした。
一体なんだろうかと思って見てみると、英二が珍しく青い顔をしてこちらを見つめており、床には英二の鞄が転がっていた。どうやら、英二が落としてしまったらしい。
荷物を床に落としたまま、英二が一向に拾う気配を見せないので、俺は拾ってあげようかと腰をかがめる。と、そこで英二の声が耳に届いた。

「サンタさんって……いないんだ」

「え?」
「は?」






となりのサンタクロース






俺たちが何も言えずにいると、英二は自分で荷物をさっと拾い、部室から出ていってしまった。
流石に乾も驚いたらしい。眼鏡の向こうのその表情は窺えなかったが、珍しく口を開けたまま英二の出ていった方を見つめていた。
「今の……聞いたか?」
俺が尋ねる。
「ああ、聞いた」
乾はそう答えると、ロッカーからノートを取り出し、何やらメモを取り始めた。
「なるほど、菊丸は中学生になってもサンタを信じていた……と」
そんなことまでメモをとるのか。
乾は俺たちのテニスプレイや、その他もろもろ個人情報もノートにメモをとっているようだった。一体何が書かれているのだろうか。乾には、色々知られたくないものだとまじまじと思う。
それにしても、驚いた。俺は先程の出来事を思い出す。


まさか英二が、サンタクロースを信じていたなんて。


その後、英二は練習中もどこか上の空で、副部長である手塚に校庭10周を言い渡されていた。
「一体今日の菊丸はどうした」
と手塚が、英二と一緒に打ち合っていた俺に尋ねたが、
「それが、サンタさんがいないことにショックを受けて……」
と俺が正直に答えると、
「ふざけていないで本当のことを話せ」
と俺まで怒られるはめになってしまった。
……災難だ。


「英二の夢をぶち壊したんだって?」
「不二」
午後の練習が始まる前、不二が俺に話しかけてきた。にこにこして、何故だか楽しそうだ。
どうやら、朝の出来事は部内で広まってしまったらしい。
「ぶち壊したなんて、そんな……。あれは不可抗力で……」
「ふーん」
「だってまさか、まだサンタを信じてる人がいるなんて思わなかったんだよ」
普通、そうだろう?
大体の子どもは、小学生のうちにそんなものはいないということを知るものだ。特に男子なんか、低学年のうちから「いない」と言い出す奴も多い。
俺もいつからか、気づいていた。
気づいても別に、ショックを受けたりしなかった。そういうものかと思ってた。

「さっき英二と話したんだけどね」
不二が言い出す。
「英二の家族はみんなサンタを信じてるんだって。プレゼントも、おじいちゃんにもおばあちゃんにも、みんなに届くんだって」
「え?」
俺は一瞬、不二の言ってる意味が分からなかった。まさか、そんなはずはないだろう。驚いて何も言い返せない。
「僕が思うに……」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、不二が笑みを深め、言葉を続けた。
「英二って末っ子じゃない?だから家族の人も、可愛い可愛い英二のために、みんなで隠してたんじゃないかなあ?」
「そう……か」
それを聞いてやっと納得できた。確かに、そうかもしれない。

さらに不二は続ける。
「それと、もう一つ」
「もう一つ?」
「英二は今まで、友達にどんなに「サンタはいない」って言われても、それを信じなかったんだって」
再び俺は驚いた。だって今朝、英二はあんなにあっさりと信じていたじゃないか。
「え!じゃ、じゃあどうして今回は……」
俺が不二を問いただそうとする。その俺の言葉を、不二の声が遮った。
「だって大石が、嘘つくはずないじゃん……だってさ」








俺のせいだ。
英二の夢を、英二の家族の人の思いを壊したのは俺だ。
何だか罪悪感に苛まれる。
英二に何か一言伝えなければいけないと思う。……でも、何て言えば良いのだろう。
そんなことを考え始めると、俺まで練習に身が入らなくなってしまい、なんと英二と一緒に校庭を走ることになってしまった。


「ねえ、大石」
走りながら、英二が俺に話しかけてくる。
「朝のこと、気にしなくていいからね」
「え?」
驚いて英二の方を向くと、英二は難しげな顔をしてうつむいている。
「でも……」
でも、申し訳ない。俺の一言が、英二の夢を壊してしまったんだ。
「いいんだよ!だって、サンタさんがいないのは大石のせいじゃないじゃんか」
そして、英二はニッと笑い、
「俺も大人にならないとねーん!」
と言って、ぐんと走るスピードを上げ、俺を置いていった。


それからは、英二はふっきれたような様子で、練習に取り組んでいるようだった。
それ以上その話を話題に出すこともなかった。

英二は、普通の中学生が知っているであろうことを、一つ知っただけだ。
ただそれだけのことじゃないか。
そうであるに違いない。
しかし、それなのに、俺の脳裏からは部室での英二の青い顔と、走っていた時のうつむいた顔がどうしても離れなかった。








十二月二十四日、クリスマス・イブ。
先日終業式を迎え、冬休みに入ったものの、まだまだ部活は休みとはいかない。
来年の大会に向けて、基礎の力を養う大切な期間だ。
今日の部活は、午前練習。おそらく英二は、練習開始ギリギリに部室へとやってくる。
いつも通り早めにやってきた俺は、着替えをし、ある準備をし、英二を待った。


「おっはよー!あれ、まだ大石いたの?いつもより遅くない?」
「……英二が一番最後だよ」
もう俺と英二以外の部員はコートへと行ってしまった。俺たちも早く行かないと、部長が集合をかけてしまうだろう。
「マジで?やっばい!早く着替えなきゃ!」
そう言って、英二がロッカーへと駆け出す。そして、すぐ足を止める。
英二はロッカーの中を見つめたまま、視線を逸らさない。
「大石……これ」
英二の指さす先を覗き込む。そこには、お菓子の入った赤いブーツ。


「うわあ!凄いじゃないか、英二!サンタさんからの贈り物だぞ!」
「……それ、バカにしてんの?」
英二がじっとこちらを睨んだ。しまった、やっぱり騙せなかった。
「いや、そういう訳ではないんだけど」
「じゃあどういう訳?」
「それより、早く着替えないと間に合わないぞ英二!」
こういう時は話を逸らすに限る。
「うわあ!そうだった!」
英二は素直に急いで着替え始めた。
俺は、英二を置いてコートに行ってしまうのも薄情な気がして、そわそわしながら英二を待った。
その結果、二人で校庭10周の罰を受けることとなった。



「大石があんなことしなけりゃ、間に合ったかもしれないのに」
走りながら、英二が俺に文句を言い始めた。
「かもしれない、だろ?多分間に合わなかったよ」
「大体、何だよあれ!あんなんで信じると思った訳?」
俺の言い訳は無視し、英二は更に俺にケチをつける。
「信じるといいなあとは思ったんだけど……」
思ったけど、やっぱり駄目だった。
「別にあのことは気にしなくていいって言ったのに」
そう言って英二は頬を膨らませる。怒っているというより、少し拗ねているような様子だ。
「気にしてるというか……俺がしたかったんだよ」
「……ふーん」

「英二のサンタがいるって夢が壊れちゃったから、代わりに俺が英二のサンタになろうと思ったんだ」

その言葉を聞いた英二が、急に立ち止まる。
「ん?どうした、英二?」
俺も立ち止まって英二の顔を覗き込む。心なしか、少しその顔は赤らんで見えた。
「大丈夫か?もしかして、体調が悪いのか?」
「いや、そうじゃなくて……その」
英二にしては珍しく歯切れが悪い。言いづらそうに口を開く。
「今のさ、何ていうか……」
そして、暫く黙りこむ。


「やっぱり、何でもない!」
英二はそう大声を出すと、急に再び走り始めた。
「あ、ちょっと!」
俺も急いで追いかけ、英二に問いかける。
「今のは何だったんだ?」
「んー?べっつにぃー?」
「別にじゃ分からないよ。体調が悪いんだったら手塚に話して……」
「あー、違う違う!もういいからさ、気にすんなって!」


何だか釈然としない。英二の機嫌は若干良くなったようであるが、俺は訳が分からないまま放っておかれて、いい気はしなかった。
そんな俺の様子を見かねたのか、前を走っていた英二が俺の方を振り向いた。
「じゃあさ、大石」
「何?」
「大石が、俺のさっき言おうとしてたことが分かったらさ」
「うん」
「そしたら、俺も大石のサンタさんになってやるよ」
「え?」


「なーんて、うっそー!」
英二はそう言いながらいたずらっぽく笑うと、あの出来事があった日と同じように、ぐんとスピードを上げ始めた。
今度は、もう置いていかれない。
そう思い、俺もスピードを上げ、英二に付いていった。


いつか、その意味が分かるようになるのだろうか、なんて思いながら。



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