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「大石、今日ちょっといい?」
放課後の練習が終わり、急いで帰ろうとする俺を、英二が呼びとめた。
「どうした?」
「んー、ちょっと……相談?」
正直、今日じゃなければよかったのにと思ってしまった。でも、英二が悩んでいるかもしれないのに、断れるはずがない。俺は承諾した。

紙袋をなるべく英二の目に入らないように反対の手で持ちながら、俺たちは丘の上のコンテナへと向かった。英二とペアを組むことに決めた、思い出の場所だ。
「さあ、英二。相談って言ってたけど、一体どうしたんだ?」
と俺は平然を装い話を切り出すと、英二は思ってもみないことを言い出した。
「なんか今日、大石変じゃない?」
「……そう、かな?」
一瞬返事が遅れてしまった。まさか、英二に感づかれていたなんて。自分では結構普通に振舞えていたと思っていたのだが。
「そうだよ!……ねえ、なんか、悩み事?」
英二は心配そうに俺の目を覗き込んだ。
「いや、そんなのないよ」
悩みなんかない。これは嘘じゃない。
「俺には言えない?」
「そうじゃなくて、……本当に悩みなんてないんだよ」
俺がそう口にすると、英二は黙り込んでしまった。
「英二?」
今度は俺が英二の目を覗きこもうとすると、英二がぽつりと喋り出した。
「俺さ、いつも大石に迷惑かけてばかりだから、大石がつらい時には力になりたいんだ。悩みはなくても今日何かあったんだろ?それくらい分かるよ、俺」
「英二……」
そして、不安そうな顔をして、
「もしかして、もう俺とペア組むの嫌?」
と俺に尋ねた。
まさか、そんなはずはない。
「それは違う!」
俺が思わず大声を出すと、英二は吃驚したように肩を震わせて、ますます不安そうに顔を歪めてしまった。
「あ!……ごめん。英二は何も悪くないんだ」
そうだ、英二は何も悪くない。誰も何も悪くはないんだ。

……馬鹿だな、俺は。
英二に笑顔になってほしくて選んだプレゼントなのに、それで英二を不安にさせたら元も子もないじゃないか。
俺はプレゼントの入った紙袋を、「はい」と英二に差し出した。
「何?」
「開けていいよ」
「え?」
英二は不思議そうに俺から紙袋を受け取ると、中に入っていた包みを開け始めた。英二の手で、中から真っ赤なマフラーが引っ張り出される。
「これ……」
英二は驚いたように目を見張ると、すぐに俺を見た。「なんで?」と英二の目が語っている。
「英二にプレゼントにって思ったんだ。……お姉さんたちからのプレゼントとかぶっちゃったけど」
俺は正直に白状する。

「だって俺、大石の誕生日にロクなものあげなかったじゃん」
確かに英二は、まだ友達に、そしてパートナーになったばかりだった俺の誕生日を知らなかった。
でも、英二はなぜ早く教えてくれなかったんだと俺にひどく怒ってくれた。だって俺たちはパートナーじゃないかと言ってくれた。
底を着きそうだと嘆いていた小遣いから、わざわざ購買に行ってまで、新商品のお菓子を買ってきてくれたんだ。……半分は、自分で食べたかったかららしいけど。
「いや、俺は嬉しかったよ、英二に祝ってもらえて。それに、俺が勝手にプレゼントしたいって思っただけだし。だけど英二がもうマフラーを貰ってたのを見て、もう渡せないやって思って……それでちょっと残念に思ってたんだ。悩みがあった訳じゃなくて、ただそれだけだったんだ」

英二は俺が全てを話している間、プレゼントしたマフラーをじっと見つめていた。
今英二がしているマフラーに比べると、子どもっぽくて安物のそれが恥ずかしく思えてきた。
「ごめんな、そんな子どもっぽいの貰っても困るよな。お姉さんからもらったやつのが暖かそうだし、オシャレだし……」
少し情けなくなった俺が自嘲すると、次は英二が、
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
と大声をあげた。
そしておもむろに、自分に巻いてあったマフラーを外し、俺があげたマフラーを巻き始めた。
「英二?」
マフラーを巻き終わった英二は、嬉しそうに笑みを浮かべて俺の方に向き直る。
「どう似合う?」
「う、うん。よく似合ってるよ」
咄嗟に英二に返事をしたが、実際、俺が思い描いていた通りだった。赤いマフラーはよく映えて、明るい英二の雰囲気をより一層引き立てているようだ。
「まあ、俺に似合わないものはないけどねーん!」
そう言って、にしし、と得意げな顔を俺に見せた。
「明日からは、このマフラーしてくるよ」
英二が言う。
「でも、それはお姉さんに悪いよ」
英二の提案はものすごく嬉しかった。だけど、英二のお姉さんたちだって英二のことを思ってこのマフラーを選んだはずだ。
「んー、それもそっか。じゃ、一日交代にする」
英二が提案し直した。
「そうしてくれると嬉しいな」
「うん!ありがとう、大石!」


そして、英二が笑った。

そうだ、この笑顔が見たかったんだ。
このマフラーを買った時から、ずっと見たかった、英二のとびっきりの笑顔だ。


俺たちは帰り道を歩き始めた。
「来年の大石の誕生日は二年分やるから覚悟しとけよー」
「そんな、悪いからいいよ」
「だめ!俺がやるって言ったらやるんだよ!もう決めたの!」
「そうか……。うん!じゃあ、楽しみに待ってるよ」
「おー!期待しろよー!」
夕方の町に、俺たちの笑い声が響いていく。


そして名残惜しいが、俺たちは別れ道へと辿り着いた。
じゃあなー、と背を向け歩き出した英二に向かって俺は叫ぶ。
「英二ー!」

「んー?」
英二が振り返る。
最後に、もう一度英二に伝えよう。あのとびっきりの笑顔が見たいから。





「誕生日、おめでとう!」



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