きみはサンクチュアリ




ベランダから英二のいるベッドへと戻ると、英二が俺の身体に擦りよって、抱きついてきた。
英二の体温は、俺より若干高い。だから、英二に抱きつかれると俺はとてもあたたかい。特に、ベランダで冷えた身体には、英二の体温がとてもありがたいものとなる。
俺は、そんな英二に心の中でこっそりとありがとうを言う。

たまに、俺は自分の感情がどうにも処理できず、居たたまれない気分に陥ってしまうことがあった。
俺は昔から、それこそ子どものころから、所謂苦労を買うタイプで、人と人との間に立っては、大変な目に遭わされることが多かった。それは俺の性分だったし、別にそういうものだと普段は割り切っている。
しかし、最近のように、そのようなことが連発すると、俺はその時に生まれるマイナスの気持ちを処分しきれなくなってしまう。夜中は魔の時間だ。一度考え始めると、そのようなマイナスの気持ちがどんどんと膨れ上がってしまう。
だから俺は、しばしばベッドを抜け出してそのような気持ちを落ち着けるためにベランダへと足を運んだ。夜中でもベランダから外を眺めると、車が常に通り、電気の付いている窓が割とたくさんあることも分かった。俺のように、誰かもまた思い悩んでいるのかもしれないと思うと、この荒んだ気持ちも少しは落ち着くのだ。

しかし、以前このようにベランダへ行った際、隣で寝ていた英二が起きだして付いてきてしまったことがあった。
英二は、俺が一番心配をかけさせたくない存在だ。いつでも笑顔でいてほしかった。
だから、俺は何でもないから、と英二に言って急いでベッドへと戻った。
英二は少し不満そうな顔をしたが、じゃあ本当に大石がつらい時は絶対俺に言って、と俺に言うと、そのまま何も聞かないで身体を横たえた。
ああ、英二は気づいてしまったんだ、俺が何かを思いつめていることに。
何も聞かないでいてくれる英二がありがたかった。でも、これ以上英二に心配をかけたくない。
こんな感情は、一人でなんとかするべきなんだ。今までは、ベランダで少し物思いにふけったら、なんとか処理できていた。今回だって、本当に大したことなかったのだ。
本当につらくなったら、英二にきちんと言うよ。だからそうじゃない時は、俺一人で何とかする。英二には、何も心配せずに安心して眠りについていてほしいんだ。
それ以来、俺はベッドから抜け出す時に、今まで以上に慎重に物音を立てないように努めることとなった。

実は、それ以降もこのような夜に英二が密かに目を覚まし、俺の心配をしてくれていると気づいたのは、つい最近のことだ。
きっかけは、このようにベッドを抜け出した翌日は、いつも寝起きの悪い英二がぱっと起きて、とても機嫌良さそうに俺に接してくるのに気づいたことだった。
今日の英二は一体どうしたんだろう、などと考えていると、必ずその晩は俺の好物が夕飯に出てきた。こんなことが何度も続いて気がつかないほど、俺も鈍くはない。

初めは、結局英二に心配を掛けていることに、落ち込んでしまった。でも同時に、英二のそのいじらしい努力がとてもあたたかで、嬉しかった。
俺に見返りを求めないで、気づかれないように俺を励まそうとする英二の存在が、俺を癒していった。
英二のそういう小さな努力をひとつひとつ見つける度に、俺の心は浮きたって、気づけば心にかかったモヤも跡形もなく消えていくのだ。

だから俺は、そのありがたさを噛みしめながら、今日も英二の小さな努力をひとつひとつ見つけだす。
今俺に身体を擦り寄せた英二は、明日の朝、いつものように満面の笑みで俺におはようを言うだろう。
明日の夕飯は、俺の好きなおかずがでてくるはずだ。
もしかしたら、梨を買ってくるかもしれない。
以前、季節でもないのに梨を大量に買ってきたこともあったな、と俺は思い出し笑いをした。

英二はもっと頼ってくれなんて俺に不満気に言うけど、本当は俺は既に英二に頼り切っているんだ。
英二がいないと、俺は帰るべき場所を見失ってしまうよ。
どうやら本物の寝息をたて始めたらしい英二の身体を、今一度ぎゅっと抱きしめ直す。

だから、これからもずっと、俺のそばにいてくれ。
この腕の中にいてくれ。

俺のひだまりみたいな、あたたかな場所。
俺の、英二。





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