きみのサンクチュアリ



きみのサンクチュアリ

深夜、誰もが寝静まるような時間に、隣で寝ていた大石がベッドを抜ける気配で俺は目を覚ました。

なんかまた、悩み事でもあるのかな。
俺はこっそりと目を開き大石の心中を推し量った。
大石は、とても気が利く奴だ。かつてはテニス部の副部長として部員全員のことをしっかりと考え、常にサポートをしていた。それに加えて、彼はとても優しい。しかし、そんな彼の資質ゆえ、時に大石は色々なことを思い悩み、胃を痛めるようなことも日常茶飯事だった。
いつしか俺たちは社会人となってそれぞれに働き始めたが、大石は相変わらずの性格だ。
仕事で意見の対立が起こっても、人間関係がぎくしゃくしても、あいつは常に中間に立って場を収めようとしているらしい。
時折、夜中に一人で起きだして、ベランダに行き、思い悩んでいるようだった。

以前こういうことがあった際、俺がベランダにいる大石に付いていくと、
「起こしてごめんな、英二。気にしなくていいんだ。さあ、もう寝よう」
と言って、俺に何も言わないままにそのままベッドへと戻った。きっと、俺に心配かけちゃいけないとでも考えたのだろう。あいつは誰にでも、俺相手でも、気を遣うやつなんだ。そこが大石のいいところで、果てしなくばかなところで、俺が愛して止まないところだ。
でも俺は、正直言うと、ちょっぴり寂しい気持ちもあった。俺は、大石がつらい時に支えになりたいのに。もっと頼ってほしいのに。
大石は一人で考えて、背負い込むような男だった。それは俺たちが出会った中学のころから変わらない。きっと、これからも変わらないのだろうと思う。

だから、それは仕方のないことだ、と俺は気楽に考えることにした。
まあ、男には一人で悩みたいって時もあるんだろう、多分ね。
大石が一人で解決したいなら、そうするしかないのだ。
だから俺は、本当につらくなった時は俺に言え、と大石に伝えて以来、大石がこのように夜中に起きることがあっても干渉しないように努めている。
大石は俺の言葉にきちんと頷いてくれた。だから、きっと本当につらかったら言ってくれる。俺は大石を信じている。
今日も、俺には何も言わずにベッドを抜け出したのだから、きっとまだ大丈夫なはずだ。

だから今夜俺は、大石が起きたことには全然気づかない振りをするんだ。
それでも、気づかない振りはするけど、少しだけ俺にさせてほしいことがある。俺は大石が戻ってきてからのことを密かに計画立てた。

大石が戻ってきたら、寝ぼけたふりをして身体を擦り寄せよう。
明日起きたら、目一杯の笑顔で大石におはようを言おう。
仕事中の大石が笑っちゃうような、バカなメールを送ろう。
最後に、早く会いたいからなるべく早く帰ってきてなんて付け足して。
明日の夕御飯は、あいつの好きなものを作ろう。
くだもの屋さんで梨が安かったら買ってこよう。
夜には、あったかいお風呂を沸かして、いい香りのする入浴剤を入れよう。柚子の香りのやつがあったから、それにしよう。
寝る前、いつもみたいに抱きついて、目一杯甘えよう。
そしたら大石は、「仕方ないなあ、英二は」なんて言いながら幸せそうに笑うんだ。

俺が大石にできる、小さなひとつひとつのこと。
ちっぽけな努力だけど、積み重なって、少しずつ意味のあるものになると、俺は思う。 

俺のこんな小さな努力なんて気づかなくていいから、大石には唯々癒されてほしいんだ。
むしろ、気づかないで欲しいとさえ思う。また気を遣わせちゃうかもしれないからさ。
何でもかんでも背負いこんで頑張りすぎてしまうあいつが、何も考えずに息のつける場所になりたい。


だから、なるべく早く戻ってきてね。
そんな寒いベランダから、俺のところまで。



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