ハロウィン2018


10月31日。時刻は夜9時を回った頃。
街はハロウィンを楽しむ、安っぽいコスプレをした若い奴らで溢れかえっていた。
学生時代は自分も彼らのように適当にコスプレをして街に繰り出して馬鹿騒ぎしていたものだが、働くようになってからはこの集団が鬱陶しくて仕方ない。つらい残業を終えてボロボロの精神状態で直面すれば軽く殺意が芽生えるほどだ。
避けれるものなら避けて通りたい。しかしどういう帰宅ルートを選択しても、乗り換えで使う駅に向かうにはこの集団とぶち当たってしまう。
ハァ、と重い重い溜息をつく。

「毎年毎年恒例とはいえ、これだけはいつまで経っても慣れそうにないな……」

ここで突っ立っていたって人混みがなくなるわけでもない。むしろ夜が更けるにつれてもっと帰りづらくなるだろう。意を決して足を踏み出した。


疲れた身体を引きずって、若干フラフラしながら歩いていれば人にぶつかるのは当たり前だ。だからと言って、シャキッと歩けるほどの体力などアラサーを目の前に控えた自分には残っていないのだが。何度も人にぶつかっては、すみませんすみませんと謝りながら歩いていると、突然誰かに腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られる。

「え!?ちょ、何……!?」

そのまま強い力で引っ張っていく人物はこちらを向いていないため顔はよく見えないが、背の高い男だった。何故こんなことになっているのか訳もわからず、振り払おうにも力が強くて振り払えない。
あまりにもフラつく自分を見かねた心優しい若者が駅まで連れて行ってくれるのだろうか、とも考えたが、男はすいすいと人混みの合間を縫って、駅から離れた人気のない方へと向かっていく。明らかにおかしい。

やがて人のいない路地に連れ込まれると、壁に背中を押し付けられた。所謂壁ドンである。

「ちょ、何なんですか急に!」
「…お兄さん、いい匂いがするね」
「はぁ?」

意味のわからないことを言われて顔を上げると、見たこともないくらい整った顔をした男が、熱っぽい目で俺を見ていた。
驚きで動けずにいると、男は鼻を俺の首筋に擦り付けてスンスンと匂いを嗅いだ。

「ああ…やっぱりいい匂い…」
「ひっ…ちょっ、何してんですかやめてください!」

ペロリと首を舐められて鳥肌が立つ。
エマージェンシーエマージェンシー!危険信号!薄々まともな奴ではないと思っていたが、予想以上に変態だ。こんなことをしてくるあたり、そっちの気があるタイプだろうか。ゲイだろうが何だろうがよくわからないが、そういう相手ならこんな取り立てて突出したところもないくたびれたアラサー男よりもっといい奴がいるだろうが!勘弁してくれ!!

「待って、待ってください!俺そっちの気はありませんって!!あなたみたいな人ならほかにもっといい相手いるでしょう!?」
「え?…もしかしてお兄さんなんか勘違いしてない?」
「いや、この状況でどう勘違いしろと…」
「俺、吸血鬼なんだよね。ハロウィンだしせっかくだから〜と思って街中でブラブラしてたら、ものっすごい美味しそうないい匂いがしてさ。そしたら目の前にお兄さんがいて、これはもう連れて行くしかない!って思って」
「…………???」

こいつは何を言っているんだ。頭がおかしいのか。変態な上に電波とか、いくら顔がよくても救いようがないぞ…それとも今時の若者はこういうのがいいのか…?

「あは、そっちの気は無いと思ってたけど、そのキョトン顔かわいいね。食べちゃいたい」
「ヒェッ…!い、いや、俺より若くていい子居ますって…!マジで勘弁……!!!」
「わかってないなぁ。こんな美味しそうなの見逃すわけないじゃん。俺はお兄さんだからこうしてるんだよ?」
「ギャッ!!無理無理無理!!!」
「抵抗されると逆に燃えるってわかんないのかな?まあいいや。観念してね、お兄さん」


「いただきます」





チュンチュンと雀が鳴いているのが聞こえて、うっすら目を開けると知らない天井が見えた。

「…どこだここは」

酒を飲んだわけでもないのに記憶がない。残業終えて帰ろうとしたら電波な変態に拉致されて……それから…?

「っ!?〜〜〜っいってえ!!!」

ハッとしてガバッと起き上がろうとしたが、腰が痛くてそれも叶わず身悶えた。あらぬところも痛む気がする。衣服を一切身に纏ってないなんてそんな。いやだ、信じたくない。

「あ、起きたんだね。おはよ〜」
「お、おまえ…」

ベッドから動けずに唸っていると昨夜の変態電波野郎が扉を開けて入ってきた。

「お前俺に何したんだ…いや薄々気づいてるけど…」
「ん?んふふ、俺がお兄さんのこといろんな意味で食べちゃっただけだよ」
「やっぱり……」
「いや〜、ほんとは血貰うだけでやめようと思ったんだけど、思った以上にお兄さんが色っぽくて。止まらなかったよ。無理させてごめんね?」
「え、血…?」
「昨日俺吸血鬼だって言ったじゃん。忘れちゃった?なんなら首に痕残ってるから見ておいでよ」

そう言われ、痛む身体を引きずって鏡の前に立つと、全身に赤い痕が散らばっていて顔を顰めた。
そして特に目立つ、首筋の噛み跡。鋭い歯で噛まれたような瘡蓋ができている。

「これ……」
「お兄さんの血、思った通りすごく美味しかったよ。ご馳走さま」
「嘘だ…吸血鬼なんて…」
「俺、嘘は言わない主義だし本当だよ。ちゃんと牙もあるし」

男が口を開いたので覗き込むと、確かにそれらしい牙がちゃんとあった。全くもって信じられないが、男が吸血鬼だというのは本当のことらしい。
じゃあアレか、俺はそんな奴に二重の意味で美味しくいただかれてしまったというのか。

「もうお婿に行けない…………」
「だいじょーぶ、俺が貰ってあげるから安心して?」
「え、」
「お兄さんの味、クセになっちゃった。もう逃してあげられない」
「いや、ちょ、」


「これからもよろしくね、おにーさん」





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