腐男子はかく語りき


性に興味の尽きない思春期の頃に、山奥の全寮制男子校に押し込められた健全な男子の大半は同性愛に走る。その理由はまあ、言わずともわかるだろう。そんな学園に在籍する生徒の8割ほどはゲイかバイで、普通に女の子だけが好きな所謂ノンケの存在は貴重である。

俺はそんな学園の貴重な存在であるノンケの学生で、さらに他と違う点があるとすればBLが好きな腐男子だということだろう。
いくら男同士の絡みが好きだと言っても、自分の恋愛対象が男だというわけではない。姉の陰謀によって腐った思考を持つようになってしまっただけで、俺自身は普通に女の子が好きだ。
BLは見た目の良い奴同士が仲良くしているのが良いのであって、そこに俺のようなモブ顔が絡むべきではない。モブはモブらしく背景と同化するのが良いのだ。もちろん平凡受けだって好きだが、それは2次元に限った話だと思う。この学園で実際に平凡な奴が同じ男と付き合っているという話は聞いたことがないし、ノンケの殆どが俺のような普通顔の人間だ。うちの学園は何故か美形が多いし、誰だって付き合うなら顔が良い方が良いのだろう。


ノンケかつ、男同士の恋愛に詳しいということで、俺はこの学園でイケメンたちの恋愛相談窓口のような存在になっていた。例えるなら、恋愛シミュレーションゲームにおいて、アドバイスはするけど絶対にそういう関係には発展しない導き役。そういった安心感があるのか、多くの人が俺のところへやってきては悩みを聞かせる。うちは王道学園ではないので、イケメンや可愛い系が多くても親衛隊というものは存在しない。なので、たくさんの生徒に人気の生徒会の連中も気兼ねなく俺のところにやってくる。よく来るのは副会長だろうか。美人系の麗しい外見をした副会長は、幼馴染で同じ生徒会役員でもある書記のことが好きらしく、しょっちゅう俺に恋する乙女のような悩みをぶつけてくる。

「…てなわけなんだけど、どう思う?」
「話を聞く限りでは脈アリなんじゃないかと思いますよ」
「やっぱり!?うわーどうしよう!どうしたらいいかな!?」
「もう少し様子見てみましょうか。それで反応が顕著になってきたら、アタックしちゃいましょう」
「わかった、そうするよ。はあ、松倉くんがいてくれてよかった…こんなこと誰にも相談できなくて…」
「お役に立てて何よりです。きっと上手くいきますよ」
「そうだといいな」

こうして恋をする人たちを見ていると、俺もかわいい彼女が欲しくなってくる。まあ寮生活だから出会いがないし、それがあったところで俺のような人間にかわいい子が振り向いてくれるとは限らないのだが。夢くらい見たっていいだろう。
そのまま副会長と世間話を続けていると、教室の後ろのドアが開けられた。

「真澄」

耳に残る心地の良いテノール。この学園において俺のことを下の名前で呼ぶのは1人しかいない。厄介なのが来てしまったなと思い、溜息をついた。近くにいた副会長はそれに気づいて苦笑いをしている。

「…何の用ですか、会長」
「用がないなら来るなとでも言いたげだな」
「いえそんなことは。ここには天下の会長様のためになるものなんてないと思いますけど」
「お前がいるからここに来るんだろう。というか、そのよそよそしい態度はいい加減やめろと何度も言っているはずだが?」
「それは無理ですね。副会長にも言えることですけど、いくら同学年とはいえ俺はただの一般生徒ですから。生徒会相手にタメ口なんて使えません」
「気にしなくていいのに。ねえ要?」
「全くだな。俺と真澄の仲だろう」
「…はあ」

俺のところにしょっちゅうやってくる生徒会メンバーはもう1人いる。それがこの学園の生徒会長を務める、楢橋要だ。文武両道、眉目秀麗、ついでに言うと金持ちの坊ちゃん。まさに王道生徒会長である。こいつに関しては俺のところにやってくる、と言うよりは俺に付きまとってくる、と言う方が正しい。
最初こそ何の関わりもない赤の他人だった俺たちだが、ある日廊下の角でぶつかったことで出会いを果たした。これこそどこのギャルゲーだ、と突っ込みたくなるところである。有名人にぶつかって、かすり傷とはいえ怪我をさせてしまったことに動揺した俺は、たまたま持っていた絆創膏を押し付けてひたすら謝ってダッシュで逃げた。向こうが覚えているかどうかはともかく、俺の個人的な理由で深く関わりたくはなかったからだ。
その翌日から、会長権限を大いに利用して俺のクラスを突き止めた楢橋は、事あるごとに俺に構うようになった。もちろん俺が関わりたくないと思っていた理由も掘り下げて。

「なあ真澄、昔はきちんと名前で呼んでくれたじゃないか。それにプロポーズまでした仲だ。今更恥じることはないだろう」
「何年前の話してると思ってるんですか。そんなプロポーズなんで時効ですし、そもそも当時の俺はアンタを女の子だと思ってたんですって」

そう、俺は小さい頃に親の付き合いで楢橋と会っている。当時の楢橋は女の子にしか見えない外見をしていて、単純だった俺は綺麗なその子に一目惚れ。その場でプロポーズまでかますという黒歴史を作っているのである。それがこいつと深く関わりたくなかった理由だ。忘れてくれればよかったものを、何故かこいつはきっちり覚えていて、今までずっと俺と結婚すると信じて生きてきたらしい。頭が痛くなる話だ。

「ていうか俺が好きなのは女の子です。もっと言えば男同士で結婚なんてできませんよ」
「今の時代、恋愛に性別なんて些細なことだろう。それに、養子縁組すれば書類上で繋がる。意識的には結婚と変わらない。どこに問題があると言うんだ」
「…だから、それは俺がアンタを好きだった場合の話でしょう。俺はアンタのことなんて、」
「本当にそうだと、自信を持って言えるか?」
「は?」

ぐい、と引っ張られて楢橋の腕の中に閉じ込められる。

「ちょ、っと!何ですか急に!」
「本当に嫌なら、本気で抵抗しろ。わかったな?」
「何を…」

言いかけて、顔を片手で固定される。気づいた時には視界いっぱいに美しい顔が広がっていて、唇に柔らかい感触がした。

「んん!?」

キスをされているのだとわかった瞬間、舌が捻じ込まれて深いものに変わる。好きでもない、ましてや男からのキスなんて気持ち悪いはずなのに、何故かまともに抵抗できない。力が抜けていく。

「っは…抵抗しないんだな」
「はぁ…はぁ…」
「抵抗できなかった理由をよく考えろ。察しのいいお前ならわかるだろう?…いい返事を期待しているぞ」

ニヤリと笑って自信満々にそう告げて、奴は颯爽と去っていった。その場に残されたのは、力が抜けてへたり込んだ俺と、顔を赤くして固まった副会長。頭の片隅で、副会長って意外と初心なんだな、とどうでもいいことを考えながら呆然とする。


本気を出した美形は末恐ろしい。
認めたくないはないが、俺が流されるのも時間の問題なのかもしれない。ばくばくと鳴り止まない心臓の音が何よりの証拠だ。



(6/10)
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