正しい選択は、


目が覚めると真っ白い部屋にいた。
自分が寝ていたベッド以外には天井に古びたスピーカーがあるくらいで、窓や扉すら見当たらない。ここはどこなのか、何故自分はここにいるのか。わからないことばかりで困惑した。
しばらく呆けていると、スピーカーからノイズがかった男の声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声だった。

「人生は選択の連続である。
君はここを出るに当たって、多くの選択を迫られるだろう。決して矛盾の道を歩まぬよう。
さあ、後ろを見てご覧」

そう言われて振り向くと、いつのまにか扉が現れていて、その横には「進め」と書いてあった。

他にどうすることもできなかったため仕方なくその扉を開けると、同じような白い部屋に出た。先ほどの場所と違うのは、部屋の中央に置いてあるものが違う点だろうか。多くの人が行き交う大型交差点が映されたテレビと寝袋、それから大ぶりのナイフが置いてあった。

「3つ与えます。
ひとつ、右手のテレビを壊すこと。
ふたつ、左手の人を殺すこと。
みっつ、君が死ぬこと。
ひとつめを選べば、出口に近づく。君と左手の人は解放され、その代わりにテレビの中の人間が死ぬ。ふたつめを選べば、出口に近づく。君と多くの人間は救われ、その代わりに左手の人間の道は途絶える。みっつめを選べば、多くの人間が救われ、おめでとう、君の道は終わりです」

めちゃくちゃだと思った。こんなにも非現実的で馬鹿らしい話があるだろうかとも。
それでも、この空間には有無を言わせない異様さがあり、これは紛れも無い現実で、俺はこの状況を受け入れることしかできなかった。

そして考える。見知らぬ多くの命か、一人の命か、それとも自分か。
進まなければ死んでしまう。何となくだがそんな気がした。何もわからないまま死にたくはない。それは嫌だ。
多数の命か、ひとつの命か。
どちらか選べと言われれば、比べるまでもない。
俺はナイフを手に取ると、震える手で動かない寝袋に向かってナイフを振り下ろした。
ぐちゃり。手に感覚が伝わる。
何も起こる気配がなかったので、仕方なくもう一度ナイフを振り下ろす。
ぐちゃ。顔の見えない匿名性が罪悪感を麻痺させる。
ガタ、と音がしたのでそちらを向くと、またいつのまにか扉が現れていた。


次の部屋へ進むと、右手側には客船の模型、左手側には同じように寝袋が置いてあった。

「3つ与えます。
ひとつ、右手の客船を壊すこと。
ふたつ、左手の人を殺すこと。
みっつ、君が死ぬこと。
ひとつめを選べば、出口に近づく。君と左手の人間は解放され、代わりに客船の乗客が死ぬ。ふたつめを選べば、出口に近づく。代わりに左手の人間の道は途絶える。みっつめを選べば、おめでとう、君の道は終わりです」

客船は何の変哲も無いただの模型だ。普通に考えれば、これを壊したところで人が死ぬなんてあり得ない。でも、男の言葉は絶対にそうなると言わしめるもののように感じた。

考えるまでもない。先程と同じことをすれば良いだけだ。
俺は中央にあった灯油を手に取り、空っぽになるまでそれを寝袋に振りかけ、マッチに火をつけて寝袋に放った。ぼっ、と音がして、寝袋は炎に包まれた。俺は何をするでもなく、ぼんやりと客船の模型を見つめて扉が現れるのを待った。
2分ほど経った頃だろうか。正確な時間はわからないが、人が死ぬ時間なのでおそらく2分くらいだろう。ガタ、と音がして次の扉が現れた。
そのまま扉へ向かう。左手の方は確認しなかったし、したくなかった。


次の部屋には、今度は右手に地球儀、左手にはまた寝袋が置いてあった。

「3つ与えます。
ひとつ、右手の地球儀を壊すこと。
ふたつ、左手の人を殺すこと。
みっつ、君が死ぬこと。
ひとつめを選べば、出口に近づく。その代わり、世界のどこかに核が落ちる。ふたつめを選べば、出口に近づく。その代わり、左手の人間の道は途絶える。みっつめを選べば、おめでとう、君の道は終わりです」

思考や感情は完全に麻痺していた。半ば機械的に中央にあった拳銃を拾い上げ、寝袋に銃口を向けた。
ぱん、ぱん、ぱん。乾いた音が6回鳴ると、銃弾は空になった。初めて扱った拳銃はコンビニで買い物をするよりも手軽だった。
扉は既に現れていた。何発目で寝袋が死んだのかなんて知りたくもなかった。


次の部屋に入ると、そこは何もない空間だった。思わずえっ、と声を洩らしたが、何もないとなるとここが出口なのかもしれない。そう思うと少し安堵した。
すると再び天井のスピーカーから男の声がした。

「最後の問い。
3人の人間と、それを除いた全ての人間。
そして、君。
殺すとしたら、どれを選ぶ?」

俺は何も考えず、黙って今来た道を指差した。

「おめでとう。
君は矛盾なく道を選ぶことができた。
人生とは選択の連続であり、誰かの幸福の裏には別の誰かの不幸があり、誰かの生の裏には誰かの死がある。
ひとつの命は地球よりも重くない。君はそれを証明した。しかしそれは、決して命の重さを否定するものではない。
最後に、ひとつひとつの命がどれだけ重いのかを感じてもらおうと思う。出口は開いたよ。
おめでとう、おめでとう」

それを聞くと、俺は安心したような、虚脱したような感じがした。とにかく全身から力が抜けた。フラフラになりながら最後の扉を開ける。


光の降り注ぐ眩しい部屋。目を眩ませながら進むと、足にコツンと何かが当たった。

3つの遺影だった。
父と、母と、弟の。




その場に膝から崩れ落ちて呆然としていると、背後から誰かに抱きしめられた。

「辛かったね」

その声は、ノイズはなかったがあのスピーカーから聞こえた男の声と同じで、聞き馴染んだ声だった。クリアになれば、既知感はなくなる。

親友の声だった。


「どうして、」

小さく尋ねると、親友は淡々と答える。

「言ったでしょう。誰かの幸福の裏には誰かの不幸があるし、誰かの生のためには誰かの死があるって。僕の幸せは、君と死ぬまでずぅっと一緒にいること。君を手に入れるには、こうするしかなかった。
君がこの道を選ぶことは確信していたよ。死ぬのは怖いものね。でも、そのために人を、家族を殺したなんて信じたくないでしょう?
安心して。辛いなら忘れてしまえばいい。
君のことは、僕が必ず幸せにしてあげる」

そう言われ、俺は意識を手放した。



俺はきっと選択を間違えたのだと思う。それがいつ、どこで選んだものかはわからないけれど。



(3/10)
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