お友達から始めましょう


うちの学校には王子がいる。
王子っていうのは渾名であって、もちろん本当にそうだというわけではない。
しかし、その姿を見れば大半の人がそいつの第一印象を王子みたいな人、と答えると思う。

王子の本名は一ノ瀬湊。
シュッとした鼻筋、優しげな目元、サラサラの茶色がかった髪は地毛らしい。要するにとんでもなく容姿端麗で、街を歩けばほとんどの人が二度見してしまうと言う。成績も優秀で常に学年上位だし、物腰も柔らかくて優しい。中身まで王子然としている奴だ。言わずもがな学校の女子たちの大半が彼の虜である。天は二物を与えないんじゃなかったのか、チクショウ。
そんな奴の虜になっているのは何も女子だけに限った話ではない。人当たりの良い優等生だから先公たちはみんな一ノ瀬に甘いし、一ノ瀬になら抱かれても良いとか言い出す男までいる始末だ。俺としては女子の視線を軒並み奪われて悔しくないのか、と言いたいところである。

俺と一ノ瀬は別に友達でもなんでもないし、もっと言えばクラスだって離れているから喋ったことすらない。廊下ですれ違ったことがあるくらい。
じゃあなんでこんなに知っているのかというと、この学校にいれば一ノ瀬の噂は嫌という程耳に入ってくる。これくらいの知識はもはや常識レベルなのだ。
俺は至って普通の、どこにでもいるような面白みのない野郎だし、雲の上の存在で完璧超人な一ノ瀬と関わることなんて一生ないと思っていた。
去年までは。


うちの高校は3年間毎回クラス替えが行われる。女子を中心とした一ノ瀬のファン達は、奴と同じクラスになれることを祈りながら自分のクラスを確認するらしい。去年、クラス表が貼り出される掲示板の前はもはや阿鼻叫喚の地獄と化していた。思い出すだけで震える。
今年もおそらくそうなるだろうと見込んだ俺は、いつもより少し早く登校し、自分がどこのクラスかということだけを確認して早々に教室へ向かった。一ノ瀬がどうこうはともかく、平和でゆるいクラスであればいいなと思いつつ、机に突っ伏して目を閉じた。

「…佐美、おい宇佐美!起きろ!」
「へぁ!?」

スパンと頭を叩かれて飛び起きる。そのまま顔を上げると、そこには額に青筋を浮かべた山センが立っていた。やばい。

「ったく、朝っぱらから俺を無視して寝こけるとはいい度胸じゃねえか」
「うわああごめんなさい許して先生!」
「しっかりしろよ、HR始まってんぞ」
「はい……」

山センこと山田先生(32歳独身)は去年のクラス担任で古典の先生だ。古典が苦手でよくウトウトしてしまう俺は目をつけられいる。クラスメイト達にクスクスと小さな声で笑われて居た堪れなくなって前を向くと、そこにいた奴と目が合って思わず固まる。一ノ瀬だ。

「涎、ついてるよ」
「え、あ、」

一ノ瀬は小さく笑ってそう言うとすぐに前を向いてしまった。あの一ノ瀬にみっともない姿を見せてしまったと思うと余計恥ずかしい。
にしてもそうか、今年はこいつと同じクラスになってしまったのか。担任も山センだし、平和でゆるいクラスが良いという俺の願望はどうやら叶わなかったらしい。

「居眠りしてた罰として宇佐美は学級委員な」
「はあ!?ちょっと待ってくださいよ先生!!理不尽すぎる!」
「うるせえなぁ1人じゃないんだから別にいいだろ」
「横暴だ…」

項垂れる俺をよそに山センはもう1人の学級委員を募ったが、誰1人として立候補しない。そりゃそうだ。学級委員なんて実際は体のいい雑用係だ。そんな面倒なこと進んでやりたいとは思わない。

「あの、誰もやらないんだったら俺やりましょうか、学級委員」

若干騒ついていた中挙手したのは一ノ瀬だった。

「おお、一ノ瀬なら真面目だし安心して任せられるな。そこの馬鹿が迷惑かけるかもしれんが、なんとかなるだろ。頼んでいいか?」
「わかりました。…ってことで、よろしくね。宇佐美くん」
「お、おお…」
「じゃあ2人はこの後の進行頼むわ。他の委員決めといてくれ」

呼び出されていると言う山センは進行を丸投げして教室を出ていった。仕方なく一ノ瀬と並んで前に立つと、女子達から一ノ瀬が一緒なら自分が学級委員やりたかった、という嫌な視線を頂いた。代われるなら代わってやりたいよ切実に。俺はゆるく平穏に生きたい。



放課後。
やはり理不尽な決め方に納得できなかった俺は、他にやりたがってる女子もいるし俺と代われないか、と山センに抗議しに行ったが、一ノ瀬が女子と一緒だと仕事にならないだろうと一刀両断されてしまった。その上、ついでだからと資料作りを手伝わされる羽目に。
大して喋ったこともない一ノ瀬と教室で2人きりの作業だと思うと憂鬱で仕方がない。さっさと終わらせて帰ろう。

「…宇佐美くんは、そんなに俺と一緒に学級委員やるの嫌?」
「は?いや違う違う!一ノ瀬と一緒なのが嫌なんじゃなくて、勝手に決められたのが嫌っていうか…それにやる気のない俺がやるより、やる気に満ちた女子がやった方がいいだろ」
「そうかな…でも、俺は正直宇佐美くんのままで良かったって安心した」
「なんで?女子と一緒のが良くね?」
「…あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、ぐいぐい来る人はちょっと苦手で。女の子に限った話じゃないんだけどね」
「あー、あの勢いは確かにちょっと怖いな…」

完璧超人にも苦手なもんとかあるのか。意外。まあいくら何でもできるとは言え、こいつも人間だもんな。

「今日初めてちゃんと喋ったけど、宇佐美くんは俺の周りにあんまりいないタイプの人だから新鮮だし、気が楽だよ」
「さいですか。俺も思ったより一ノ瀬が普通の奴っぽくて親近感湧いたわ」
「何それ、俺のことどんな奴だと思ってたの?」
「完全無欠の超人で雲の上の存在っつーの?もっと近寄りがたい感じだと思ってた」
「あはは!全然そんなことないのに!普通のしがない男子高校生だよ」
「お前が普通だったら俺みたいな奴の立場がねえよ……」

ぽんぽんと会話が続いて、憂鬱だと思っていた作業は思った以上に捗った。もっと斜に構えたところがあるんじゃないか、とか思ってたけど、一ノ瀬は良い奴という話は嘘ではなかったらしい。

「あー面白い。こんなに笑ったの久しぶりだよ」
「そりゃ良かった。…まあいっつも優等生で大変だろうしな。俺、こんな感じで適当に生きてるゆるーい奴だし、俺と話すときくらいは肩の力抜いてるといいよ」
「…宇佐美くんって変わってるね」
「失敬な。これが普通なの」
「わかってるよ、ありがとう。…ねえ、康太って呼んでもいい?」
「全然いいよ、ていうかむしろそっちの方がいい。くん付けとか滅多にされないからぞわぞわする」
「ん、じゃあそうするね。改めてよろしく、康太」
「こちらこそよろしくな、一ノ瀬」

お互いに笑いあって握手。あんまり握手とかしないからちょっと恥ずかしい。
勝手に決められた学級委員だけど、こうして一ノ瀬と友達になれて、今後も一緒にやっていくなら悪くないと思った。

「できれば俺のことも名前で呼んでほしいんだけどなぁ…」
「?なんか言ったか?」
「いーや、なんでも」

(いずれ呼んでくれればいいよ、今はこれで)




(2/10)
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