後悔先に立たず


俺の人生は後悔の連続で成り立っていると言っても過言ではない。

例えば先週。卵の消費期限をしっかり確認していたら腹を壊すことはなかったと思うし、朝の天気予報をちゃんと見ていれば雨に濡れて帰ることもなかったと思う。まあこれは過ぎた話だ。
要するに、先のことをよく考えて行動しておけば、後であの時こうしていれば良かったと悔やむこともないのであって、俺にはその辺の注意力が足りないという話である。
とにかく俺は今、数日前の自分を殴り倒しに行きたい程には後悔をしている。


現在、俺は女装して飲み会に参加している。
勘違いをしないでほしいため白状するが、数日前に悪友間で『じゃんけんに負けた奴は今度行う大型の合コンに罰ゲームとして女装で参加する』というアホな企みがあったのだ。そこで見事に一人負けしたのが俺。まさか自分が負けるとは思っていなかったため、この時点でノリノリでじゃんけんした自分を恨んだ。
小柄で可愛い顔をした奴ならともかく、俺のような身長も顔面偏差値も平均な普通の野郎が女装したところで歩く公害にしかならんだろうと思っていたのだが、どうやら俺は化粧で化けるタイプだったらしい。当日嫌々ながらもバッチリメイクを施されて服や髪型を整えられれば、身長が高めの女子にしか見えないと言われた。自分でも鏡を見て呆然。俺、可愛いじゃん!

調子に乗った俺はそのままのテンションで合コンに参加した。と言っても悪友たち以外の人は俺が女装した男だと知らないため、可愛い女の子に声を掛けるわけにも、知らない男に話しかけるわけにもいかず、ただ酒を飲んで飯を食って悪友たちと喋ることしかできない。これじゃ合コンじゃなくてただの飲み会じゃねーかとツッコミを入れたが、それも踏まえてこその罰ゲームだろと一蹴された。

やがて悪友たちは俺に構うのに飽きたと言って、お目当ての女の子たちの元へと散っていった。おいおい俺を残していくなよ。こんな状況でどうしろってんだ、帰っていいなら帰るぞ俺。
誰かに話しかけることも、話しかけられることもないまま1人寂しく酒を飲む。やっぱ頃合い見て抜けるか。あいつら女の子に夢中だし、ほかに人もいっぱいいるし、俺1人抜けたところで誰も気づかんだろう。そんなことをぼんやり考えていると突然横から声を掛けられた。

「ねえ、今大丈夫?」
「は?」

声のした方に顔を向けると、そこにいたのは大学内でも随一のイケメンだと有名な樫井だった。友人や知り合いの女子の話によれば、優しくて頭も良くてすげえモテるけどめちゃくちゃ良い奴らしい。全然関わりない奴だけど、こんなところ来るような奴なのか、こいつ。

「君、さっきから1人だったからちょっと気になって。あ、俺は樫井。よろしくね。もしかして君も無理矢理連れてこられた感じ?」
「え、えーと、羽柴です。無理矢理っていうかなんていうか……まあそんな感じなのかな…」
「やっぱり?ちょっと前まで他の奴と話してるのも見たけどあんまり楽しくなさそうだったよね。俺もそうだったからわかるよ、その気持ち」

合コンに来るような軽い奴とは思えないからなんとなくそんな気はしたが、やはり無理矢理だったか。
いや、ていうかただ無理矢理連れてこられただけのお前と女装までさせられてる俺の気持ちを一緒にしないでほしい、とは口が裂けても言えない。俺は今見た目だけは女だ。ここは話を合わせておこう。というか何しに俺んとこ来たんだこいつ。
ぽつぽつとしばらく取り留めもない会話を続けていると、樫井は少し顔を近づけてきて声を潜めた。

「あのさ、良かったらなんだけど…2人で抜け出さない?」
「え」
「俺、これ以上ここにいたくないし、君も帰りたいな〜とか思ってたでしょ?」
「ま、まあ…」

確かに帰りたいとは思っていた。だが、俺はともかくこいつのような目立つ奴が抜けようとすればさすがにバレるだろう。

「抜ける分には構わないけど、樫井くんみたいなイケメンで目立つ人が抜けるのは無理だと思う」
「そうかなぁ…うーんじゃあ、具合が悪くなった君を俺が介抱して送っていくって流れならどうかな」
「…まあそれなら確かに不自然じゃないか」
「じゃあ決まり。具合悪そうにしてて。あとは俺に任せてほしい」
「ん」

正直2人で一緒に抜ける必要があるのかは疑問だが、早いところここを抜けて普通の格好に戻りたいと思っていたので樫井に任せることにした。言われた通り、俯いて若干ぐったりした仕草を心掛けると、樫井は俺をゆっくり立ち上がらせ、肩を抱いてきた。
女の子に対する優しさなんだろうがちょっと鳥肌が立ってしまった。ごめんな樫井、俺男なんだ。

「ごめん、この子急に具合悪くなったみたいだからちょっと抜けるね」
「おー了解、お大事にね」

幹事に一言告げると、そのまま出口の方へと向かう。途中俺に気づいた悪友の1人がニヤニヤしながら「オイオイお持ち帰りかよ、やるなあ薫ちゃん」などと揶揄ってきたので去り際にそっと蹴りを入れておいた。断じてそういうアレではない。あいつ次会ったら容赦しねえからな。覚悟しとけよ。


店を出た後、樫井は俺を送ると言い出した。
迷惑になるからいい、1人で帰れると断っても遠慮するなと言い、俺の手を取って歩き出してしまった。いくら相手がイケメンで俺が女装しているとは言え、実際は男同士で手を繋いで歩いていると思うとぞわぞわする。離そうにも思った以上に樫井の力が強くて離れない。しかも若干痛い。どうしたらいいんだこれ。

「あの、ほんとに大丈夫なんだけど」
「…俺がまだ一緒にいたいんだ。ダメかな」

そう言われてぴしりと固まる俺。
…もしやこいつ、そういう目的で俺と一緒に抜けたのか?

「突然だから戸惑うかもしれないけど、聞いてくれる?…一目惚れなんだ。君が好きだ。もし良かったら、俺と付き合ってくれないかな…?」

樫井の表情は真剣だった。同じ男から告白されたところで嬉しくも何ともないが、イケメンから真剣に言われるとちょっとときめいてしまう。しかし、俺はその気持ちに応えることはできない。何せ樫井が一目惚れしたのは女装した姿の俺である。さてどうしたものか。
すぐに自分は男だと白状して断れば良いものを、悪友たちに毒された頭は馬鹿げたことを思いつき、ウッカリそれを口に出してしまった。

「気持ちは嬉しいよ。でも、こんな私に一目惚れなんて信じられないし、今の私は本当の私の姿じゃないの。きっと、本来の私のことを知ったら幻滅すると思う。それでも好きだって言うなら、大学内で本当の私を見つけて?そしたらちょっとは樫井くんのこと考えられるかも」
「ほ、本当に!?」
「うん、見つけられたらね」
「俺、頑張って必ず君を見つけるよ!待ってて!!」

樫井はキラキラの笑顔で嬉しそうにしている。途端に申し訳なくなって、俺はろくに挨拶もせず急いでその場を後にした。

なんつーことを言ってしまったんだ俺は!!
優しい樫井を弄ぶような真似をしてしまったことに罪悪感が募るが、一度口に出してしまったことはもう訂正できない。女装姿の俺と普段の俺じゃ全く違う外見だし、樫井の想い人は一生見つからないで終わるんだろう。申し訳ないが苦い青春の思い出のひとつにして、俺のことは忘れてくれ!頼む!
今後関わることはないだろうが、もしそういう機会があったら絶対なんか奢ってやろう、そう決意した。



後日、樫井はどういうわけか俺を見つけ出し、俺が男だと知ってもなおアプローチをしてくるようになった。
俺はまたしても、自分の先を顧みない軽薄な行動に後悔するのだった。



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